カテゴリ:ハクセン2( 13 )

ぬかるみの下 10

 「結局分からずじまいなのかい、ハク」

ぶふぉおっ、と鼻から煙を吐いて、油屋の主は忌々しげに目の前の部下を睨みつけた。

「役に立たないねえ」

どんな罵りの言葉にも表情を崩さない有能な帳簿頭は、ただ淡々と報告を続ける。

「一回りしてみましたが、それらしきものは見当たりませんでした。気配も・・・」

「藤也がわざわざ出てきたってことはアンタ絡みに決まってるだろ!」

噛み付くようにハクに食って掛かったのはリンである。

ちらり、とリンを一瞥し、そのまま何事もなかったようにハクは主の言葉を待った。

「藤也だって?ハク、あのぬかるみの町から出てきたっていうのかい?」

「そのようですね。関わりがあるとは思えませんが」

「馬鹿をお言い!!あそこは二度と出ることが出来ない場所なんだよ。それがしゃあしゃあと町を歩いているってことは、協力者がいるってことさ!!」

彼女がいきり立つのも道理というもの。

「ぬかるみの町」は、町全体が売春をなりわいとする町だ。

娼館が立ち並び、煌びやかでありながら生臭い、性を売り買いする場所。

ここにいる遊女達は、色狂いを除けばほとんどが借金のカタに売られてきたもの。彼女たちが負っている借金は一生かかっても返せぬ金額だという。

脱走は死に値し、実際抜け出るのは堅固に囲われた土塀とその外の五間はある堀を越えてゆかねばならぬし、それから先にも幾つも見張りがいて到底不可能だ。

一度足を踏み入れてしまえば抜けられないぬかるみのように、一生ここから出ることはできない。

ぬかるみの下でもがく人々の町。それが「ぬかるみの町」と呼ばれる所以なのだ。

「なんでアタシにさっさと報告しなかったんだい?ハク」

湯婆婆の大きな目が眇められ、ハクを射る。

「・・・知られたくなかったんだろ?センに」

黙り込んだハクの代わりに、リンが答えた。

「お前と藤也の関係を知られたくなかったからだろ!!・・・あいつはお前の・・・」





しゃららん・・・しゃらん・・・。





「梅は湯島か九段坂・・・





しゃらん・・・しゃらん・・・





「桜の名所は数あれど・・・

「夜の桜に言問いのぉ・・・





しゃら・・





ざわめきに、気を削がれた。





「花魁道中だ」

リンのつぶやきに、

「花魁道中だってぇ?!」

目を剥いた湯婆婆が窓辺に駆け寄る。

衆人の見守る中、華やかな行列が不思議の町を練り歩く。

金棒引きに手を添えた花魁の、高く結われた髪に幾つも差した簪が、金棒の音に混じってしゃらりしゃらりと鳴り響く。

太夫であろうと察するその人物は。

「あれは、千?!」

驚愕に目を見張るリンと湯婆婆。

「馬鹿な・・・千尋?!」

ハクもまた驚きの声を発し、下を見る。

どこか頼りなげな風情を身に纏い、危うい微笑みを浮かべて歩く太夫は、間違いなく千尋だった。

ハクが彼女を見紛うはずも無い。

「なぜ・・・そんな!」

「待ちな!!」

飛び出してゆこうとするハクを、低い恫喝が止めた。

「良く御覧。あの金棒引き、ただものじゃあないよ。迂闊に飛びだしたら只じゃあすまない」

湯婆婆の言葉に、ハクは仕方なく千尋の前を歩く金棒引きに目を落とす。

「あれは・・・」

思わず息を呑んだ。

浅黒い肌、黒い髪、逞しい体躯。

わざと抑えていないのであろう、立ち昇る「気」は、まごうことなき、

「竜・・・火竜・・・」

我知らず出たうめきにも似た呟き。

「あれが藤也を連れ出したんだとしたら得心がいくねぇ・・・ハク」

「はい」

「さて、どうする?」

にい、と笑った湯婆婆は再び落ち着き払って煙草に火を点ける。

「身から出た錆だ。お前が始末をつけな」

「無論。承知しております」

「叩き潰すんだよ。アタシの目の届くところでこんな振る舞いをした事を後悔させな」

「かしこまりました」

頭を下げて出てゆこうとするハクの腕をリンは掴んだ。

「オレも行く!」

「お前はここに残るんだよ。お前の仕事は山ほどあるんだ」

「そんなのカエルにさせりゃいいだろ!」

「黙りな。お前にそんな権利があるのかい?大体、本当ならセンは八つ裂きにしてやってもいいくらいだよ。アタシの顔に泥を塗ったんだ」

逆上したリンであったが湯婆婆の言葉に仕方なく肩を落とし、ハクの腕を放した。

「センを・・・センを頼んだぜ」

言われるまでもないことをわざわざ頼まれ、ハクは五月蝿そうにリンを見て頷いて見せた。





しゃららん、しゃらら・・・。





しゃららん・・・。





花魁道中はまだ続いている。

それは白竜を誘い込むための道しるべ。

「さあ、早くいらっしゃいな」

アンタの望むものはここにあるよ・・・?

華やかな苦界で、赤い唇がにぃ、と。

笑った。
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by mak1756 | 2012-11-19 02:41 | ハクセン2

ぬかるみの下 12

 一体幾つの曲がり角を曲がったのだろうか。

この複雑さは、



 「わざと・・・」



なのだろう。

「ぬかるみの町」の作りそのままの町並み。

捕らえた小鳥が容易に逃げ出せぬように作られた綴れ折の道。

入り組んだ道に苛立ちながらも、ハクは黙って禿の進むとおりに歩みを進める。

と、禿の足がとうとう止まった。

 「ここでありんす。ささ、お入りなさいませ」

一際立派に作られた丹塗りの屋敷は、見上げるほどに大きなものであった。

しばしそれを眺めた後、ハクはにい、と口元に不気味な笑みを浮かべる。

「これまた、随分と趣味が悪いものだな」

酷薄な笑みに禿が怯え、足を竦ませる。

「きゃあ!」

その髪を掴んで引き寄せて、ハクは一層冷ややかな笑みを浮かべた。

「案内御苦労。褒美をやろう」

「ひい・・・っ」

ぐ、と喉を優美な指先が締め付ける。

「ここから、出してやるなんぞとそそのかされたのであろうが・・・」

禿はありったけの力で、締め付けるハクの手の甲に爪を立てたが、それはいささかも彼を傷つけない。

「ぐぇっ・・・」

低い呻き声とともに、だらり、と禿の両腕が垂れ下がった。

「死だけがここから出る手立てだ」

骸にそう言い捨てると、ハクは振り返ることもせずそのまま屋敷の門をくぐる。

 見覚えのある作りは、「ぬかるみの町」にある遊郭の中でも一番の評判を誇った廓の作りそのままだ。

間取りに惑うことなく歩を進めていく。

座敷の合間から聞こえる、三味の音と女の歌声。嬌声。喘ぎ声。



 チトテンシャン。

 チトチテシャン。

 

 行きはァ、よいよい、帰りはァ、怖い。

 嵌まれば抜けられぬ、ぬかるみとォ、花の街ィ。

 命ァ軽く、金ェ重く。

 抜け出るには、金金金ェ・・・



 行き着く果てはァ、地獄か極楽か。

 

 チトチテシャン。

 チトテンシャン。



 遊女の歌が終わるとわぁ、と座敷が沸く。

見慣れた顔をその中に見つけ、ハクは小さく舌打ちした。

やはり、油屋の客がここに流れているのだ。

「潰さねば、なるまいな」

湯婆婆のためではなく、自身のために。

ここには己の過去が、残されているから。

行き着く果てが地獄でも極楽でも、ハクにとっては変わらない。

千尋がいなければ、世界に意味がないのだから。









 階段を登り終え、これまた見覚えのある一際豪華な襖の前に立つと、ハクは息を整えた。

襖に描かれたのは大振りの松の木。その絵が表すとおり、最上位の花魁、松の位の太夫の間だ。

この先に千尋が、いるのか・・・?

階下のざわめきが嘘のように、そこは物音ひとつない、静寂の空間だった。

ハクは襖に手をかけようとして、すぐに手を引いた。そしてその場から素早く飛び退る。

次の瞬間、火柱がその場に吹いた。

「・・・っ」

火の気など全く無い、ありえない場所からの出火。それはすぐに収まり、それ以上の燃え広がりを見せる様子はない。

このような力を操るのは、

「火竜・・・」

「ご名答」

す、と襖が開き、その場に現れた存在にハクは息を呑む。

浅黒い肌と燃えるような瞳と黒い髪。その身に纏う炎のような熱い空気。

己と全てが対照的な男。

知らず、全身が緊張に強張る。

腹を、括らねばならぬ。

この男は、己を凌駕する力を持っている。

それでも・・・。

「太夫は、どこにいる」

千尋だけは、己の全てを賭けても取り戻さなければならない。たとえこの身が滅びようとも。

「言うことは、それだけか?琥珀主」

火竜の男は静かな怒りを含んだ声で、問うと、厳しい眼差しをハクに向けた。

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by mak1756 | 2012-10-10 23:49 | ハクセン2

ぬかるみの下 11

かぁーごのなぁかのとぉりぃはぁ、



いぃつぅいぃつぅでぇやぁるぅ・・・





いついつでられましょかぁ・・・。





 女の甲高い笑い声が賑やかな通りに響いた。

「あにさん、遊んでおいきいな」

「たあっぷり、奉仕しますえぇ?ふふふ」

朱塗りの格子の向こうから、淫靡な笑い声が袖を引こうとする。

目をやれば、婀娜に大きく胸をくつろげた遊女が手招きをしていた。

鮮やかで美しい、籠の鳥。

しかし籠の鳥が外に出られるのは、その命が費えたときだけ。生きたままここから羽ばたくことは、ない。

あからさまに目を背けると、口汚い罵り声が上がった。

ここは「ぬかるみの街」だ。そのものがそのままにある。

漂う白粉と死臭。煌びやかで生臭い湯屋と同じ匂いのする場所。

ここを今支配しているのは藤也なのだろうか・・・?





 「おあにいさん、こっちにきなさんせ」

足元から聞こえた声に気付き、足を止める。

「そなたは?」

こじんまりと佇んだ禿が、こちらをじい、と見上げていた。先程の花魁道中にいた顔ぶれの一人だ。

「太夫はこちらでありんす」

「・・・そなたは?」

「うちは藤耶と申しなんす。以後お見知りおきを・・・油屋のハク様」

下唇だけに塗られた紅が笑みの形をとると、かの人物を髣髴させた。

「随分な意趣返しだな」

「何の話どす?さあてついてきなさんせ」

禿がまるで滑るような足取りで、すいすいと人ごみを掻き分けて進んでゆく。

罠だ、と頭の中で警鐘が鳴るが、他にめぼしい方法も無い。

虎穴に入らずんば、虎子を得ず。

禿の後姿を追い、ハクは足取りを速めた。





 

 緋い帯が夕陽を反射して、ひどく眩しく映る。

しゃらり、と簪が音をたて、千尋はぼんやりと目を開いた。

頭が重い。

着物も重くて・・・ああ、身体がだるい。

頭の中に紗がかかったように思考が定まらず、記憶があやふやだ。

「目覚めたか?」

低い問いかけに、千尋は緩慢な動作で振り返った。

「あなたは、だあれ?」

どこか舌足らずの言葉は、意識がはっきりしないせい。

そんな千尋の様子など意に介さず、無言で男は椀を差し出す。

「これは・・・?」

「いいからさっさと呑め」

苛立ちもあらわな男の声に、千尋はびくりと身を震わせ、仕方なく椀を受け取った。

どろりとした深緑色の液体は、呑むのに少々勇気がいる代物だったが、男の視線の鋭さに負け、思い切って喉へと流し込む。

に、苦い!!

吐き出したいのを堪え、何とか嚥下したものの、口中に残る苦味に思わず顔を顰める。

「ここから逃げろ。これから先はお前は知らずとも良い」

え・・・?

目を丸くする千尋を尻目に、男は千尋の身体に巻きつけられた重たい帯を外し始めた。

「なにを・・・!?」

「このままでは動けまい。お前に任せると時間もかかる」

確かに固く結われた帯は、不慣れな者が緩めるには苦労しそうな代物だ。

男が千尋自身には全く興味が無いらしい、と察すると、抵抗を止めままなすがままにされる。

「ここからはお前がしろ。着替えはここだ」

重い帯と打ち掛けを放り、男は千尋の目の前に行李を差し出すと、さっさと背を向けて襖を開いた。

「着替えたら呼べ。抜け道を教える」

「あ、あのっ」

襖に手をかけた男が振り返る・・・・浅黒い肌と黒い髪の韋丈夫。

「なんだ」

「あなたとハクは、知り合いなの?」

意識を失う直前。

薄れゆく意識の中で最後に見たのは藤也と、この男だった。

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by mak1756 | 2012-10-08 02:44 | ハクセン2

ぬかるみの下 9

うう・・・。

う・・・。

―――泣き声?

どうして、来てくれないんだよ・・・。

どうして・・・ハク・・・。

―――誰?どうして・・・泣いているの?









 目覚めると知らない天井だった。慌てて身を起こして周りを見渡し、息を飲む。

「ここは何所?」

全く千尋の見覚えのない場所であった。

いや、見覚えがないといえば嘘になる。こんな作りの部屋を見たことはあった。

それは油屋の中でも千尋が滅多に近付くことのない部屋。

湯屋の奥の、油屋の生業そのものを現すところ。すなわち廓。湯女たちが客に春を提供する場所に酷似していた。

「どうして・・・?私・・・?」

「お目覚めかい?」

せせら笑うような女の声に千尋は振り返る。入り口の扉にもたれかかり、腕組みしてこちらを見下ろしている女が一人煙管をふかしていた。

「藤也、さん」

紅い唇がニィ、と歪む。

「お加減いかが?お嬢ちゃん」

女の言葉に怪訝な表情を浮かべた千尋だが、はっと気付いて喉に手のひらを当てる。

熱くない。

痛くもない。

「藤也さんですよね?」

声も枯れていない。

あれは一体なんだったのだろう?

千尋の疑問を感じ取ったのか、女はまた一つ高く笑った。その笑いは千尋に不快をもたらす。分かっていながらやっているのだろう。

「そう、アタシは藤也。ここは、藤屋・・・油屋とおんなじ廓だよ」

ぷかあ、と藤也が吐き出す煙を目で追いながら、千尋は藤也の言葉に仰天する。

「廓、って」

「ま、正確に言うんだったら色茶屋さ。それっくらいわかんだろ」

馬鹿にしたような笑いを唇に刻んで、藤也は煙管を唇に咥える。

「どうして私をここに連れてきたんですか?」

「さあてねえ。どうしてだと思うぅ?」

くすくすとまた藤也は笑う。むっとした千尋は布団から身を起こして立ち上がる。

「私、帰ります」

「お待ちよ」

自分の脇を通り過ぎようとする千尋の腕を藤也は掴んだ。藤也の力はその細い腕に似つかわしくなく随分と強いもので、千尋は簡単に藤也の元へと引き寄せられてしまった。

「帰れるなんて思ってるのかい?随分とおめでたいねェ」

腕を掴む力が一層強くなり、千尋は悲鳴をあげた。

「い・・・たっ」

「痛いだろうさ。でもねェ、あたしに比べりゃアンタの痛みなんざぁ、ちっちゃなもんさ」

どん、と突き放され、千尋は再び畳の上に倒れこむ。体勢を整えようとしたところに藤也の体が圧し掛かり、そのまま押し倒された。

「何するんですか?!」

「ああ、五月蝿いねェ、何なんてわかるじゃあないか。そう、ナニするんだよ」

紅い唇が歪み、藤也の頭が千尋の首元に沈んだ。ぞわぞわとたまらぬ嫌悪が背筋を滑り落ちてゆく。

どうして?

どうして・・・?

「い・・・や、いやあああああ!!ハク、ハク・・・!!」

引き裂くような千尋の悲鳴があたりに響き渡った。

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by mak1756 | 2012-09-29 21:29 | ハクセン2

ぬかるみの下 8

 風が生ぬるく千尋の頬を撫でた。じっとりと冷汗が背を流れ、千尋の動きを鈍くする。

いつも通り。いつも通りに買い物に出たのだ。

言いつけどおりの店を回り、品物を購入し、油屋へと帰る。

ハクには外出を控えよ、ときつく言いつけられていたが、人手が無いと知って知らぬ顔が出来る千尋ではない。

 ハクには黙っておけば大丈夫。だってよく知り尽くした道だ。

店の人も通りがかる人々も全て顔見知り。

何かあっても助けてくれるだろうし、すぐに油屋へと知らせが入るだろう。

そう思うのに、悪寒が拭いきれないのは何故なのか。

 丁度人が切れた通りの裏側に差し掛かった時だった。

「苦しい・・・」

喉を押さえて千尋は眉をしかめる。大気がその温度を増したように、息をすることが苦しくなる。

 熱い。

息をするたびに喉がひりひりとする。

季節などないはずの油屋の結界内で、熱さを感じるなんて変だと千尋は思ったがどうにもならない。

「はぁっ・・・」

けだるい吐息を一つ吐くと、とうとう千尋は地面に膝を突いた。途端、ばらばらと買ったものが地面に転がってゆくが、苦しくて身体を支えることが出来ない。荒い吐息が千尋の口から忙しなく繰り返される。

 ざり、と砂利を踏む音に気付いて千尋は顔を上げた。

「あ・・・なた、ふじや・・さん?」

千尋の目の前に佇んでいたのはあのときの女・・・・藤也だった。あのときと同じように婀娜に着こなした鮮やかな紫の着物、そして白いパラソル。

「苦しいかい?」

くっ、と藤也の唇の端が上がった。くるり、と白いパラソルが千尋の視界で回る。

「焼け付くようだろ?まるで火の中にいるようだろ?」

そう藤也が笑うと、一層空気の温度が上がった・・・少なくとも千尋はそう感じた。

「か・・・はっ・・・」

喉を押さえて、千尋はそのまま地面に突っ伏した。火の中にいるように、焼け付くように痛む喉。

・・・火事のときに、喉を火傷するって言うけど・・・こんな感じなのかしら。

朦朧とする意識の下で、ふと思い出し、咳き込む。

「苦しかろう・・・?でもねえ、アタシの苦しみに比べりゃあ、そんなもの、天国のようなもんさあ」

続く女の嘲笑。

「なん・・・で・・・?」

「何で?そりゃあ、あの白竜に聞くんだねえ」

 再び会えたら、の話だけど。

そのまま言葉もなく崩れ落ちた千尋を見下ろして、またくるり、とパラソルが弧を描く。

「さあて。あの人、どんな顔すると思う?炎?」

振り返って、何時の間にか現れた偉丈夫を見上げた。その黒い瞳はちら、と千尋を見ただけでそれ以上は興味がないとばかりに閉じられる。身を屈め、千尋の身体を片腕で抱きかかえると炎は諭すような口調で言った。

「コハクヌシが来る前に引くぞ。幾らなんでもここでやりあうのは厄介だ」

「わかってるよ!!あー、面白くない男だねえ!アンタってこれだから嫌なのよ!」

素っ気無い言葉に癇癪を起こし、藤也はそのまま炎の腕に己のそれを絡めて身体を密着させる。

次の瞬間、三人の姿は跡形も無く消えていた。

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by mak1756 | 2012-09-29 21:17 | ハクセン2

ぬかるみの下 7

どうしたらあなたに、この思いは届くのでしょう。

あなたにときめくこの心臓を差し出せたらいいのに。

紅く脈打つ、あなたへの、恋慕をさしだせたら。









 ここしばらく、客の様子がおかしいと白拍子が噂しているのをリンは小耳に挟み、訝った。

「・・・今までアタシを贔屓にしてくれた山の神様、ここのところちいともきやしない。そろそろ来る時節なのにねえ」

「ああ、アタシもだよ。この前なんて、お前のような女はだけぬわ、なんていわれてさ・・・」

女たちの噂は一部のものだけではなく、あちらこちらからと沸いてくる。

最初は気にも留めていなかったが、その噂が真実であったとリンは算盤を弾いて実感する。

少しずつではあるが、確実に、売上が減少してきているのだ。

「どういうことだよ・・・」

客への事細かな心配りは、どの湯屋にも負けてはおらぬはず。

あらゆる要求に応え、貪欲に顧客を確保してきた。たとえ、それが声高に言えぬ事でも。

故に湯屋に行くならば「油屋」、と客に言わせるほどの物になったのだ。

それが、何故?

「そういえば」

思い当たってリンは呟いた。女たちの噂に必ず出る言葉がある。

「確か、藤屋だっけ・・・」

そんな湯屋や茶屋が出来たとは聞いたことが無い。もしあるのなら湯婆婆が全力で潰すはずなのだ。

「ふじや・・・ね」

溜息混じりに呟いて、リンは引っ掛かりを覚えた。

あれ?確か昔、ハクが・・・。

ざわざわと。

嫌な予感が胸をよぎる。

そういやぁ、この間の女・・・。

リンは己の直感に自信を持っているし、周りも皆それを信用している。ハクでさえ、それは認めているのだ。だからこそ、こんどばかりは余計にその予感が外れることを祈った。

しかし。

嫌な予感というものほど当たるのだと、リンはすぐに知るようになる。









 おかしい、とハクは上空で唸った。

ぐるり、と町を一通り眺めやったが、それらしき目標のものは感じ取れないのだ。

「油屋」の顧客が減っている。湯婆婆の言葉と、リンの報告はハクが以前聞いた噂を裏付けた。

新しい宿に、客を取られているのだ。

じわりじわりと、だが確実に。

故に偵察・・・もしくは潰すために今日は町に出てきたのだが。

しかし全くその気配がないのだ。鋭敏な竜の感覚は、普段なら異形のものや新しい気配には敏感に反応を示すのに。

湯屋や茶屋がもつ独特の空気を、自分が感じられぬ筈がない。リンの気のせいだろうか?いや、そんなはずは無い。あの狐の娘の感覚だけは信用に値する。

とりあえず、一度出直したほうが良さそうだ。湯婆婆への報告もせねばならないだろう。

ぐるりと大きな竜体が翻り、油屋へと帰る。

それをじっと見つめている黒い瞳にハクは気付かなかった。









 それ、は白い竜が去るのを待ってその姿を現した。

「あれが、コハクヌシか」

日焼けしたように浅黒い肌と鋭く光る黒い瞳。外見が語るように、男はおよそハクとは正反対の火の「気」を有するもの。火竜、であった。

 彼の名前は「炎(エン)」。

もっともこれは藤也がつけた名前で、まことの名前はほかにある。が、男は藤也がつけた名前を好んで使った。

「アンタの本当の名前なんざぁ、興味ないヨ」

「最初に会ったとき炎みたいに見えたからサ。アタシを焼き尽くしてくれたら良かったのにねぇ」

だから。

聞かぬから、炎は炎としか名乗らない。いや、必要がない。もはや元の名は捨てたも同然だ。

かつて銘をもち、力ある竜神は、ただ藤也のためだけに―――堕ちた。

望むままに「ぬかるみの町」から藤也を連れ出し、町を血の色に染め替え、今は藤也のために強い結界を張って、宿を隠している。ハクが気付かなかったのは、彼の力がハクのそれを凌いでいた為だ。

「殺しておこうか?」

いささかの感情も感じ取れぬ声が物騒なことを呟いた。

いや、それは藤也が悲しむだろう。それに先にやることがある。

 もう一度空を仰ぎ、炎は目を細める。

「・・・お前は己の罪を思い知るべきだ」

藤也という人間の一生を狂わせたのは、コハクヌシ、おまえなのだから。

感情のなかった瞳に一瞬、殺意が煌いた。

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by mak1756 | 2012-09-29 21:16 | ハクセン2

ぬかるみの下 6

ふわーっと。

立ち昇る煙突を持つのは湯屋の証。

この辺では湯婆婆の取り仕切る油屋がそれだ。

「シュウアク、だこと」

窓からそれを眺めながら同じようにぷかり、と煙を吐き出した女は再び紅い唇を煙管に寄せる。

色と欲に満ちた、醜悪な世界が吐き出す煙。あの立ち昇る煙の白さとは裏腹に、その下で起こる出来事は灰色。更に下に行けば黒く蠢くものたちの怨嗟の声が耐えない。

 きり、と煙管を噛み締めると背後から男の低い声が咎めた。

「藤也。歯が傷つく。そんなに噛むな」

「うるさいよ!いつからアンタ、アタシに物言えるようになったんだい?!」

苛立たしげに藤也は男に煙管を投げつけるが、男はそれを避けようともしない。

「噛むなら俺の指を噛めばいい。お前が傷つくのは耐えられぬ」

「はっ・・・」

何をしても男は決して怒らない。出会ったときから変わらぬ男の態度に藤也は更に苛立ちを募らせて顔を歪める。

「自惚れるんじゃぁ、ないよ?アタシはアンタが竜だから抱かれるだけさ。アンタも客もアタシにとっちゃぁ一緒だよ」

そう言って男にしなだれかかると、がぶり、と男の肩口に噛み付いた。真珠のような歯が男の皮膚を切り裂いて赤い鮮血が藤也の舌に触れる。

その痛みさえ男には快楽。

ふる、と男の首筋が震えるのを感じ、藤也は唇を離し、男の胸元に顔を埋めた。

「抱いとくれよ。アタシを犯しておくれ。その竜の精でアタシを・・・」

言葉に逆らわず、男は藤也を組み敷いて乱暴に犯す。女の望みどおりに。

「あっあっ・・・ハクぅ・・・」

震える唇が此処にはいない男の名を呼んだ。

愛しい男と同じ竜に抱かれることで藤也は自分を慰める。

男は顔色を変えず、しかしより一層強く藤也を突き上げて、絶頂へと導く。

心が繋がらぬ肉の交わりに何の意味があるのか。

答えは、暗闇の中にあり、いまだ見えない。









 時同じく。

湯屋の上階。人気のない奥の部屋で、艶かしい吐息が夜の空気を震わせる。

 暗闇の中ならば、恥ずかしさに耐えられる、と思っていたのに。

く、と寄せられた眉根が悩ましく、次第に吐息が荒くなる。

「・・・くぅ・・ふっ」

噛み殺せなかった喘ぎが漏れて、羞恥で目を閉じた。

「何故、堪える?」

愉悦を含んだ問いは答えを求めるものではなく、追い詰めるためのもの。少女が羞恥に堪える姿を見たくてわざと訊くのだ。無論、少女が答えられるわけもない。

ハクも答えを求めず、ただ唇に薄い笑みを刻んで、指で舌で唇で、ゆっくりと確実に少女を追い詰める。

逃げられぬよう、退路を断って。

限界まで追い込んで、自分から強請るようになるまで。

「ハ、ク・・・も・・・っ、ダメェ・・・」

甘えるような声がハクの鼓膜を震わせる。

「もう少し、我慢おし」

優しい声の抑止の声は、千尋には耐え切れるものではなかった。

ハクによって開かれた身体は、彼を迎え入れるために蕩けんばかりに熱くなっているというのに。

「やあ・・・っ」

焦れて喘ぐ様は普段の彼女からはおよそ伺えないものだ。

少女の、自分の前でだけ見せる「女」の表情に、愛しさと嗜虐心が同時に沸き起こる。

 大事にして、傷つけず、笑わせたい。

 滅茶苦茶にして、傷つけて、泣かせたい。

相反する感情がハクの中を暴れまわり、結果彼女が振り回され、翻弄される。

 「あ・・・んっ」

散々焦らした後に彼女の中に入るとハクの背中がちり、と痛んだ。千尋の爪が白い背中に傷をつける。竜の回復能力ゆえに明日には消えるであろう傷跡。

一生消えなければ良いのに。

刻印のように、私が千尋のものだと言う証に残ればよいのに。

せめて彼女に自分の所有の印を刻もうと、ハクは一層激しく千尋を抱く。

「やっ、あ、あ、あああああ!!」

一際高い嬌声とともに、千尋の背中が弓なりに仰け反り、自分を貫いたハクを締め付ける。

「ん・・・っ千尋っ」

「はあ・・・っ」

千尋が達すると同時にハクも彼女の中に自分の熱い迸りを解放した。









何度かの交わりの後、精魂尽き果てて、千尋は眠りに落ちていった。

竜は絶倫だ。強靭な肉体ゆえに果てることを知らず、情を交わすことを心底楽しむ。

もろき人の娘がそれについてゆける筈もなく、今は夢の中を彷徨っているであろうその瞼に口付て呟く。

 「私の子を、産んでおくれ」

まるでそれは祈りのように。

異種族、まして人と神の間に子を為すことは難しい。生まれてきたとしても半人半竜の異形やもしれぬ。

それでも私はその子を愛するだろう。

千尋をこちらに縛り付けておくのに、きっとその子は役に立つだろうから。

 「早く・・・私の子を産んでおくれ、千尋」

まるでそれは呪いのように。

何も知らぬ娘はただ眠りつづける。

その身に重い竜の寵愛を受けながら。

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by mak1756 | 2012-09-28 01:55 | ハクセン2

ぬかるみの下 5

ううっ・・・。

う・・・うぅ。

―――泣き声?

どうして、来てくれないんだよ。

どうして・・・ハク・・・。

―――誰?どうして・・・泣いているの?





 目を覚ますと、片時も自分を離さなかったぬくもりは既に無かった。

おそらくもう帳場へと向かっているのだろう。誰よりも早く起きて仕事をしている、彼。

「起こしてって、言ってるのに」

むう、と今はいない存在に唇を尖らせた。

それにしてもまだ身体が重い。少し動くと鈍い腰の痛みに襲われる。

滅多ではないが、一度身体を重ねると竜の青年は執拗で、巧みで、何度も何度も千尋を求める。

一体、一晩で何度昇りつめたのだろう。何時の間にか気を失っていた。



「何をしてほしい?」

「私は、もっと乱れたそなたが・・・見たい」



憎らしいほど冷静な声を思い出し、千尋は身体の芯が熱くなって己をだきしめる。

竜は執着の強い生き物だという。

それを自分が思い知ることになるとは十のあの頃には思いもしなかった。

ふう、と年の頃に似合わぬ溜息をついて、そっと己の身体に散った昨夜の名残に触れた。

 結局、何も訊けなかった。

何度も「アイシテイル」を繰り返す彼はまるで千尋の問いを封じるかのようで。

ハクはいつも何も言ってくれない。

聞いてもただ曖昧に微笑んで、抱きしめるだけ。彼に抱かれているときは何も考えられないのだ。与えられる悦びに素直に震えてしまう。



―――要らぬ心配をせずともよいよ・・・私はそなただけのものなのだから。



そう言われると、千尋は何も聞けない。

もっとハクのことを知りたくても、ある一定のラインまで。それ以上のことは決して教えてくれない。

複雑な思いを抱え、布団に残った青年の残り香に包まれて、再び千尋は目を閉じた。

湯屋の朝が動き出すには、まだ時間があった。





 油屋の開店前。ハクは最高経営者である湯婆婆の前にいた。

「ここんところ、悪くは無いが、ぱっとしないねえ・」

と帳簿をみながら煙草の煙を吐き出して、湯婆婆はまるで独り言のようにハクに問うた。

聡く気付き、ハクは自身の見解を述べる。

「そうですね。お客様には満足して頂いているようなのですが・・・「街」のほうで新しい宿が出来たようなのです」

「宿だって?」

勿論、ただの宿泊施設などではない。油屋のように春を売る宿だ。

「そんなものが出来たとは、あたしは聞いちゃいないがねぇ?」

「密かに口こみで・・・だからこそ客が集うのでしょう。私もついぞ気付きませんでした」

藤也に会ったことでハクは確信を得たのだ。

あの「ぬかるみの町」から出てくるとは、正直驚いたが。

「近いうちに様子を探ってまいります」

「ああ、そうしとくれ。事と次第によっては・・・」

潰しておしまい。

魔女の目に映る酷薄な光をハクは事も無げに受け止めて、頭を下げる。

言われずともそうするつもりだったのだ。 



拭いきれぬ過去は、消し去ってしまえば、いい。



閉じた瞼の裏に映る少女の笑顔を得る為ならば自分は何も厭わない。

・・・それがたとえ罪だとしても。

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by mak1756 | 2012-09-28 01:55 | ハクセン2

ぬかるみの下 4

 千尋の話に出てきた女は、昼間ハクと一緒にいた女だろう。

いや。

あれは・・・間違いでなければ。

リンは昔聞いたハクの噂を思い出す。

しかしそれはさすがに千尋には聞かせがたいものだった。あまりにも下世話すぎて話せない。

これは自分が黙っていれば済むことだ。そう。

 ごそ、と何かが闇の中で動く音が耳に入った。衣擦れの音にうすく目を開ければ、件の少女が忍び足で部屋を抜け出してゆくところだ。

あの、馬鹿。

心の中で思い切り舌打ちする。

きっとあの帳簿頭の部屋に行くのだろう。まったく乙女心はリンには理解不能だ。

「あーあ。さっ、寝よ寝よ」

きっと少女は朝になるまで戻るまい。竜が彼女を放しはしないのだから。









 ひた、ひた。

廊下を忍んで歩く音でその人物を探り当て、ハクは小さく笑う。

読んでいた書物から顔を上げて立ち上がると、扉の前に立った。

戸の向こうの躊躇う空気を感じ、がら、とおもむろにあけると。

「!!」

予想通り大きく見開かれた瞳に、ハクはまた笑った。

「こんな夜中に何の用だい?千尋」

分かっているであろうことを、意地悪をしてわざわざ問う。

その意地悪は愛しさ故に。困った顔が、見たいから。

「ご、ごめん寝てた?」

「いや・・・起きていた。廊下は寒いだろう、こちらへお入り」

そっと千尋の手を引いて部屋の中に入れ、扉に錠を下ろす。

がちゃり。

乾いた金属の音が夜の静けさを打った。



――――紳士は扉に鍵を、かけぬ。



いつぞやに聞いた言葉。

構わぬ。自分は紳士とは程遠い、狂人なのだから。

固く固く、扉は閉まる。扉は朝になるまで開くことはない。









 もじもじと落ち着かない様子で千尋は視線を彷徨わせた。

さて、ここまで来たが、何と切り出したらよいのだろう。

「千尋」

「は、はい!!」

元気のいい答えにハクは苦笑し、彼女を引き寄せ抱きしめる。

「ハ、ハ、ハク!!??」

「何を慌てているの?こんな時間に尋ねてくるということは、そう言う期待を抱いても良いのであろう?」

ちがう。

そう言おうとしてわずかに開いた唇に、冷たい唇が重ねられた。



あ。

まただ。

また、ながさ、れる。



「や・・・」

最早立っていることさえ困難だった。

がくがくと膝が震え、ハクが支えていなければ、その場に崩れおるだろう。

口接がはじめてというわけでもないのに、いまだこの少女は慣れると言うことが無いらしい。

胸を押し戻そうとする腕を捕らえる。弱弱しい抵抗に何の意味があるというのか。かえって青年の欲情を煽るだけだ。

「千尋」

首筋に顔を埋めて囁けば、小さくその身体が震える。

「ハ・・・ク・・・」



訊きたい事があるの。

それなのに。



「あ・・・いやぁ・・・んんっ」

問いの代わりに唇から漏れるのは、意味の無い言葉と気だるげな吐息だけ。

やがて吐息が喘ぎに変わり、言葉は懇願となり。

 「お・・願い、ハク・・・っ」

飢(かつ)えた竜の青年を満たす。





 訊きたい事があるのに。

それさえも忘れさせる程に激しく激しく愛し、犯し、泣かし。





「竜は優しいよ・・・そして愚かだ」





静かな老婆の声は、今の千尋には届かない。

竜が彼女を快楽のうちに閉じ込めているのだから。

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by mak1756 | 2012-09-22 02:18 | ハクセン2

ぬかるみの下 3

あれから千尋は二人のことが気になるあまり、仕事も上の空だった。

ぼうっとしているせいで札を間違えたり、高価な皿を落としそうになったり・・・そのたびに兄役や父役といった上司に怒鳴られるがそれさえも千尋の耳には届いていない。

 そんな様子にやがては怒るほうも呆れるころ、油屋の一日が終わった。

従業員たちが風呂へと向かうのに千尋も混じる。遅れてやってきたリンが千尋にきづき、その肩を叩いた。

「よっ、セン、どーしたあ?元気ねえなあ」

リンは今、その機転の速さをかわれてハクの助手のような仕事をしている。ただ小さなミスが多いため、上司であるハクには未だに頭が上がらないのだが。

いけ好かないヤツの下で働くのは真っ平ごめんだと思ったものの、給料は小湯女のそれより数倍高い。いつかここを自力で出てゆこうとしているリンにとってその金額は大変魅力的だった。背に腹は変えられぬ。口うるさい帳簿頭には目を瞑った。

今日も小言からやっと解放されて、ひとっ風呂あびてこよう、というところで千尋に会ったのだ。

仕事が違ってもリンにとってセンはかわいい妹分には変わりない。その妹分の溜息の原因が大抵はあの帳簿頭に拠るものだということもリンは経験上よく知っていた。

「リンさん・・・」

見上げた瞳はうつろ。

あちゃー。こりゃ重症だ。

額を右手で押さえた。

ったく、あんなヤツのどこがいいのやら。

妹分のこれだけは認めがたく、また理解できないところである。

 ある日突然彼女は油屋に「戻って」きた。ハクと共に。

戻ってきたセンは前に見た彼女よりも随分と大人になり・・・女になっていた。

「もう7年経ったんだよ」

とセンはころころ笑ったが。

あの野郎のセンを見る目はただ事ではない。気づいていないのは当の本人だけだ。

あの野郎は気に入らないがこのままでは「セン」が可哀想だ。

そうやってリンはついつい二人のことに首を突っ込む羽目になる。

「またハクの野郎か?あいつ図体はでかくなったけど、てんで気がきかねえからなあ」

「そんなことないよ。ハクは優しいよ」

おまえだけにはな。

という言葉を飲み込んでリンは千尋の顔を覗き込む。

「大丈夫かよ。悩みがあるなら俺にいえよ?」

少し躊躇った後、千尋は口を開いた。

「・・・あのね」









 千尋から事の次第を聞いたリンは、どこか複雑な表情を浮かべた。

「まあ、あいつに限って、女がいた、なんてことは、ねえと思うぜ・・・?」

快活なリンにしては歯切れの悪い応えだった。

「リンさん・・・?」

「なんでもねえよ。気にすることないって。あいつ見かけはいいからさあ、入れ込んでる女がいたっておかしかねえよ」

「そう、だよねえ」

「そうそう!!さ、さっさといこうぜ!」

リンの態度が気にはなるもののそれ以上の追求は出来なかった。

あの女の人、何かあるのかな・・・?









 布団に入っても気になって眠れなかった。何度か寝返りを打つが一向に眠りは訪れない。

あのときのリンの様子では、これ以上はどんなに聞いても教えてくれそうもないし。

こうなったら。

・・・ハク本人に聞こう。

たとえむげにあしらわれても、それでも今のままよりはましだ。

こっそり布団から起き上がると、千尋は女部屋から抜け出した。

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by mak1756 | 2012-09-22 02:17 | ハクセン2


日々思うことをつらつらと。


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