カテゴリ:ハクセン( 19 )

花嫁 18

がしゃんがしゃ、さりさりさりさり。

世界が、砕ける音がする。

まるでガラスが砕けるようにしゃらしゃらと。
きらきらと光を反射しながら、端から少しずつ、少しずつ・・・。

世界のかけらが・・・・。


己が作りし世界が崩壊する音を聞きながら、白竜はひそり、とまぶたを下ろす。

かしゃああぁぁん。

その音で。

ハクは千尋の拒絶を、心からの拒絶を知る。

この世界は、彼が彼女に捧げたものだから

欠片が降り注ぎ、その白い肌から紅が流れ出してゆく。
ぽたり、ぽたりと赤いそれが滴ると、真っ暗な、虚無が現れだす。

かしゃ、かしゃあああん。
また世界が壊れ。
そして、欠片は創造主に降り注ぎ。
虚無が少しずつ少しずつ、世界を覆い始める。





・・・娘よ・・・。





閉じられた瞼が、ひくり、とわなないた。

低く、威厳ある声が、千尋を呼んでいる。老女のような、それでいて幼子のような・・・判じがたい声だった。

千尋は目覚めたくなかった。

現実の残酷さに、それが己に起因すると言う重さに、耐えられなかった。

いとしい白い竜の行いが、その執着が、恐ろしかった。





・・・竜の、花嫁よ・・・





「違う」



・・・白竜の花嫁よ・・・



「違う、違う!あれは、あんなのハクじゃない!私の、私のせいじゃ、ない!!」

叫ぶ。否。叫ぶように、思考を波立たせる。



・・・いかにも。されど、そのまままどろんでいても、何も変わらぬ・・・



「では、どうすればいの?私には、もう」

もう、どうしたらいいか、わからないの。

声無き声が、すすり泣きへと変わる。



・・・そう。もはや全てが遅い。失われたものは、元に戻らぬ。零れた水を、盆に戻すことが出来ぬように。だが、水をとどめることは、出来る・・・



「・・・・・・・どうすれば、いいの?」



・・・憎くはないか?そなたの親しき者たちを殺めたあの竜を・・・



「憎いの。悲しいの。でも、でも、私、好きなの。あのひとが、どうしても好きなの・・・!!」

許したい、許せない。恐ろしい、悲しい。傍にいたい、いたくない。

相反する思いが生まれては消えてゆく。軋轢に心が、悲鳴をあげている。



・・・可哀相に。しかしそれは、「花嫁」の契約の力に過ぎぬ・・・



「花嫁」の「契約」?

「けいやく?」

そんなこと。

千尋はかぶりを振ろうとし・・・思い出した。
この世界での「契約」の重要性を。

たとえ、口約束であろうと、契約は契約。履行を求められ、不履行となれば、相応の報いを受けるのだと。




・・・覚えておろう?幼き日に、川に引き込まれたことを。そこで、誰に会った?そして、何を約束した?・・・




あの日。

私は、ニギハヤミコハクヌシと、何を?

私。私は。







「きゃあっ」

記憶の再生が強制的に遮断される。

 「こそこそと、かぎまわる真似をするとは・・・旧き女神の名も堕ちたものだ」

嘲笑もあらわな低い声に、千尋は思わず目を開けた。そして声の方向へと視線を向ける・・・・そこに居たのは、髪も解け、体のあちこちに大きな傷を負い、それでも尚、人を圧倒する白竜・・・神だった。

ぎらぎらとした瞳の光が、千尋を射抜き、そこに縫いとめられたように、動くことができなかった。

「千尋、おいで」

伸ばされたてのひらは朱に濡れていた。

「ひ」

思わず身を引く。それがどれほどこの白竜を傷つけるのかなど、最早千尋には、思いも及ばない。

自分をかわいがってくれた者達が血肉となったこの世界で、息をすることさえ、苦しい。

「ハク。わたし、もう、だめ」

泣きながら首を振る。

「もう、あなたがわからない。わからないの」







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by mak1756 | 2012-09-21 23:05 | ハクセン

とまってる話を移した件

なんちゃって隠しでした

「花嫁」

をいったんとりあえずこっちに移植してみました。
そのままなので見にくかったり、携帯に優しくナッシング。
移すだけでツカレマシタ。
HPへアップロードがよくわからんくなってしまいまして。

そのうちもうひとつも移します。


花嫁はカテゴリ名でいうと「ハクセン」です。

そのまんまやん・・・・。


新しい話は載ってません。
そのうち、そのうち。
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by mak1756 | 2012-09-17 00:35 | ハクセン

花嫁 17

幸福は、儚い夢。

一瞬の、うたかた。

許されぬものに与えられる過ぎたる温情。





哀れな、白竜よ。

愚かな、白竜よ。

その身に過ぎたる幸福の報いを、今こそ。









 ひたむきな瞳だった。

ただ、ひたすらに答えを求める、混じりけのない真摯な瞳。

それゆえに、ハクには堪えた。

心がひやりとする。誤魔化しや嘘は許されないだろう。けれども、それでもハクは嘘をつく。

 「千尋が去ってから、現れた」

短い答えを聞くと、千尋はひどく傷ついた表情を浮かべ、そして瞳を伏せる。

「千尋?」

千尋の態度を訝しみ、ハクは彼女のおとがいを掴んで、己の方を向かせる。

「千尋、どうした?」

 「うそ」

「千尋?」

「どうして、うそをつくの?」

答えられず、ハクは唇を引き結んだ。

「私、知ってる。ハク、ここは」

 言わないで。

「ここは、

「言うな・・・・・!」

悲痛な声が重なる。けれども、千尋は言った。

「ここは、ハクの作った世界なのでしょう?」

空を振り仰ぐ。





 かしゃん・・・と。

 何かが壊れる音が、かすかに響く。





「リンさんたちは?おばあちゃんたちは?皆何処に行ったの?」





 かしゃん、かしゃん。

 しゃりしゃり。

 流れだす。





「知りたいか?」

低い声だった。温度を感じさせぬ。威圧を隠さずハクは尋ねる。

 それでも。

千尋は頷いた。

「ええ、知りたいわ。私は、嘘の中で生きていたくない。嘘をつくハクを、これ以上見ていたくないの!!」





 壊れる。流れ出す。

 しゃらしゃらと、桜の花が散華するように・・・世界が。





「殺した」

ごく短い返答。

「全て。何もかも。殺し、捧げた」

すべてすべて、命あるものの力をこの世界に。





一瞬で理解できず、千尋はハクの言葉を鸚鵡のように繰り返した。

「ころ、した」

頷く。

「なにも、かも」

何もかも。誰も彼も。

千尋の唇が震え始め、大きく瞳が見開かれる。





絶叫。









「いやああああああああ!!!!!」









拒絶。

そして絶望。









 ハクは瞳を閉じる。

千尋の血を吐くような叫び声を聞きながら、それでも、きっと己は同じことをするだろうと思う。

彼の腕から逃れようと暴れる彼女を押さえつける。もう、離さない。離したくない。
 この世界。虚構と欺瞞に満ちた、美しい世界。既視感を誘うように織り交ぜられた風景。

彼女を手に入れるための。

契約の力を利用して・・・。

 眼裏に浮かぶ紅い光景。はらわたをひきちぎった感触を、まるで昨日のことのように覚えている。

最期まで、あの五月蝿い千尋の姉貴分は、ハクを哀れんだ。

「センはこんなこと、望んじゃいねえよ」

最期まで、命乞いすらせず。ただ哀しげな眼差しを寄越す。









「可哀想に」

「可哀想に。お前は結局堕ちた神のままなんだな」









堕ちた。何もかも殺した。紅い紅いこの手で、千尋を抱きしめる。

ぬくもりの確かさを求めて、きつくきつく。

















世界の壊れる音が、静かに、響き。

女神の哄笑が、遠くから聞こえる。

それでも。









世界が、壊れてゆく。

そして・・・・・・どこへ、行くのだろう?

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by mak1756 | 2012-09-17 00:16 | ハクセン

花嫁 16

「ハク」





 千尋の口から出た一言に、青年は・・・ハクと呼ばれた青年は頬を強張らせ、己の耳を疑った。

 千尋は、今、何と言った?

 何と、自分を呼んだ?

凝視に等しい眼差しで、くいいるように千尋を見つめ、ハクは息を呑む。

 「ち、ひ、ろ・・・?」

たった三文字の彼女の名前を呼ぶことが、非常に大儀であった。体の器官の全てが動きを止めて、彼女を見る瞳に全てを注いでいるかのように。知らず、語尾が震える

 対して千尋は小さく笑い、青年の腕から逃れるように身を起こした。驚愕のせいか、思いのほか腕は簡単に外れた。

 「ハク・・・ニギハヤミコハクヌシ。そう教えてくれたのはあなただわ」

瞳を潤ませ、思い出すように目を閉じる。

 あの日も月夜だった。

月明かりの下で、私たちは幸せだった。ただひたすらにお互いだけを思い、純粋に。

そう・・・あの月の、双つの月の・・・・・・下で・・・・。

・・・・・・回想の途中で、気付く。

 「え・・・?」

「どうかしたのか?千尋」

いつのまにか身支度を整え終えたハクが千尋の様子に気付き、僅かに眉根を寄せた。手にした彼女の襦袢を肩にかけると、心配そうに顔を覗き込む。

「なんでもないわ、ハク」

首を振って答えると、ハクはまだ納得していないのであろう、不服の表情を浮かべてみせた。

が、千尋の硬い表情からそれ以上の追求が無駄だと悟ると、代わりにひどく切ない色で以って千尋を瞳に映し、ためらいがちに口を開いた。

 「もう一度・・・」

「何?ハク」

「もう一度、名を・・・」

「ハク?」

「そう。名を呼んで欲しい」

そんなことでいいのかと千尋は不思議に思った。瞳の熱にうかされるように、ゆっくりと名を呼ぶ。

「ハク・・・コハク。ニギハヤミコハクヌシ・・・ハク」

「千尋、千尋」

再び強く抱きしめられる。息が止まるかと思うほどの強い抱擁。孤独の入る隙間のないように、強く強く、ハクは千尋を抱きしめる。









 全てが、報われたと。

今までの孤独はこのときのためにあったのだと、ハクは思った。契約という迂回を経て、やっと彼は手に入れたのだ。ずっと求めていた、彼の暖かいよりどころを。

「思い出してくれたのだね」

「ええ。私を助けてくれた、そして私が助けた竜。それがあなただわ」

 あの時。

不思議の世界に両親と共に迷い込んだ私を、彼は助けてくれた。

 いや・・・。

「ううん。もっともっと小さな時に、溺れた私をハクは助けてくれたよね」

「ああ。あの時に我らは契りを結んだのだ。その力が、そなたをかの世界に招き入れた」

 恐るべきは「契約」の力。

知りながら用いたのだと千尋は知るまい。それは、いつどんな世界にあろうとも、千尋を縛り付けて放さない力だ。

 卑怯だと罵倒されようとも、嘲られようとも、ハクは構わない。ずっと求めていた、この小さなぬくもりを抱きしめられる喜びに比べればいかなるものか。

そうやって無意識のうちに、自分を正当化している。千尋の願いや未来を奪ったという罪を、見て見ぬ振りをして。

 



 「・・・・・龍は愚かだ。高潔で優しくみえるその表情の裏に、強い独占と狂気と、淫乱と執着の妖しい表情を持つ生き物。高貴な龍ほど堕ちたときの反動が激しく、最早手の施しようが無い・・・・・」





 欺瞞に満ちた優しい笑顔の老婆よ。

だから、どうだというのだ?

喜んで、堕ちよう。

過去の・・・忌むべき事と、歴史からその存在を消された・・・同属の堕落を、今なら理解できる。

尊厳も誇りも、この愛しき存在を得ることに比べれば、何と意味のない。





 「愚かな龍よ。恥じるが良い。お前は、約定を違えた」





 旧き、鬼の係累の女神よ。

私は間違っては、いない。そして、約定も違えては、おらぬ。

なればこそ、世界は私の存在を許しているのだから。契約の力は神をも超える。









 龍は・・・ハクは、優しく、そして愚かだ。

今こそ、その言葉の真意を知る。だからこそ、千尋は囚われる。

突き放すことも、本当ならば出来るのに、それが出来ない。彼の堕落の理由は、己のせいなのだ。

思い出の中でも、今このときでも、彼は孤独であった。ずっと独りで、そしてこれからも独りだと事も無げに言うその精神が、哀れで。哀れで、千尋は彼を憎みながらも愛しく思う。

 思い出すのでは、なかった。

 思い出さなければ、よかった。

こんなに苦しくて切なくて、それでも傍に居られて嬉しい。矛盾した思いに心がばらばらになりそうなのを、必死で踏み止まっている。





否。狂うことはなんて、許されない。

私には。私だけは。









 「ハク、ひとつだけ、聞いてもいい?」

呼び水のような乙女の声に、ゆるい思考の彷徨いから、醒める。碧玉の瞳を潤ませて頷き、軽く口付けて言葉を待つ。千尋は彼の為すがままを許し、思い切ったように口を開いた。

「月が、どうして双つなの?」

















双子月は、虚飾の世界を照らす。

旧き女神は、無表情にそれを見上げた。

今こそ。

罪が、暴かれる。

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by mak1756 | 2012-09-17 00:15 | ハクセン

花嫁 15

 口付けは深く、千尋の魂まで奪うかのようであった。

それでいて優しさといとおしさだけが千尋の中に残り、舌を絡め、唇を噛みあえば、心地よい官能が背筋を走る。

 おそるおそる目を開けると、青年の肩越しに双つの月が見えた。月明かりの下で一層青年の白皙が際立って見え、思わずまた目を瞑る。

 眩しくてたまらなかった。

そうでもしなければ、正気でいられない。明るい月が全てを暴くかのようで。

 草の上に千尋を組み敷いて、青年は唇と指先で性急に千尋を求めた。攻め立てるかのように柔らかい肌をまさぐり、既に知る快楽を花開かせ、知らぬ愉悦を探し当てる。

まるで未開の蕾をほころばせるような興奮が青年を駆り立て、その衝動のままに身体を動かしてゆく・・・・・・己の獣の性のままに。

高貴でありながら獣の性を持つ青年の本性を、千尋は知っていた。





 「・・・・・・は優しいよ。優しくて、愚かだ」





脳裏を横切る老婆の声。

老婆の声にはいたわりと、そして揶揄が込められている。

 そうだ。

千尋は気付いた。まるでひらめきのように。



 私は知っている。この青年が何者であるかを。





 「振り返ってはいけないよ?」

 「振り向かないで。さあ、いきな」





そして振り返った先にいた、美しく哀しい生き物。

 哀しいひと。

首に残された「しるし」は消えてしまった。彼のものである証。

約束はもう、果たされた・・・?

違う。

果たされたのではなく・・・。





 私は、私は・・・。









 「は、あっ」

脳を突き抜ける衝撃に、千尋は急に現実に引き戻された。

「あ・・・!」

何が起こっているのかを認識する前に、激しく何度も揺さぶられ、貫かれて千尋はきりきりと青年の肌に爪を立てる。何かに掴まらなければ倒れてしまいそうだった。突き上げられるたびに、知らずに込められるそれは、青年の白い背に紅を刻み、痛みが青年を酔わせる。

 「私のことだけ、思え。千尋」

うすくと目を開けると、薄く笑んだ青年の顔が間近にあり、合わせた瞳には凶暴な感情の色が渦巻いていた。



 情欲を滲ませ、どこか嗜虐にも似た色を湛えた、翡翠。

 静かに、哀しげに暗い色を湛える翡翠。



千尋の知るその色はどれも彼であり、そして彼をこうしたのは、自分だ。

「ごめんなさい・・・・」

呟いた言葉は、しかし声にはならない。

開いた唇はそのまま青年のそれに塞がれ、貪られる。繋がった処から広がる熱が二人の体温を等しくし、まるで一つになったかのように錯覚させる。

更なる快楽に呑まれて、千尋はおぼれそうになる。何度も与えられるそれは、人の身には毒にさえなりうる・・・過ぎた快楽は時に精神を冒すことさえ、あるのだから。

そのぎりぎりのところで己が欲を止め、青年は千尋をより高みへと押し上げようと一層激しく動いた。

「あ、く、あああああ!」

より深く、一番敏感な場所を何度も突き上げられ、たまらず、千尋は達してしまった。仰け反った白い喉元に噛み付いて、青年もまた大きく身を震わせて、千尋の中に己を解放する。

 熱い。

己の中にある熱が、この行為が快楽を得るためだけではなく、子孫を作るための原始的なものなのだと千尋に気付かせる。

 子供・・・。

 子供?

 私と彼の?

その身に受ける行為がひどく現実的であるのに反して、それはどこか現実的ではない・・・いや、実現することのない未来の出来事なのだと千尋は思う。

 きっと、私とこの人の未来には、明るいものが無い。

哀しいくらいはっきりと、それだけは分かっている。

 「また、泣くのだな」

涙を拭う指先は暖かく、そのまま乱れて頬に張り付いた髪を梳いた。

「ごめんなさい」

許して、とは言わない。

私のせいでその生を歪ませてしまった、哀しくて美しい・・・・・・白竜。









「ごめんなさい・・・・・。ハク」









千尋の声に導かれ、世界は音を立てて、動き始めた。

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by mak1756 | 2012-09-17 00:14 | ハクセン

花嫁 14

空気は生暖かく、季節の匂いが一切無かった。

夜だと言うのに、漂う花の香。

何時も咲き乱れる花の香は甘く、腐臭に似ている。

空に懸かった二つの月は、今日はそのどちらもが肥えて満ち満ちていた。

 灯りが不要なほどの明るい夜。

二つの月は白けた光でもって、この欺瞞と虚飾が織り成す世界を照らしている。

 屋敷の端近へ女が一人、足音も立てずに姿を現した。女は双子月を仰ぐと、誰にともなく呟く。

「何故じゃ・・・・・・」

能面に似たその横顔に表情は無い。だが声には明らかな苛立ちが含まれている。

「何故、動かぬ。何故、まかり通る」

 何故。何故。何故。

まるでまじないのように呟きを繰り返す。女の問いに答を返すものは、居ない。

しばし沈黙した後、女はかすかにその口角を上げた。

問いの答えは、自ら探さねばならぬらしい。

 ならば。

動かぬと言うのならば、自らが動けばよいだけのこと。淀んだ水は、動かされて初めて濁る。

何と容易いこと、と、女は今度こそ明らかに笑んだ。

「さて・・・」

肥えた月が照らす世界は、女にはひどく醜く映る。

なんと歪み穢れていることか、と。嫌悪の眼差で辺りを一瞥する。

 早く正さねば。

このような穢き場所に、わが愛し子をいつまでも置いてはおけぬ。

 早く。

 早く・・・。













 御簾越しに漏れてくる明るさに眠りは訪れず、千尋はとうとう床を抜け出した。

なんという明るい月夜なのだろう。

驚いたことに、この世界には月が二つあり、今日はそのどちらもが満月だった。

そっと辺りを伺いながら、外へと向かう。

常であれば、狭霧がまるで影のように付き添ってくるはずだが、しかし今日は珍しいことに姿を現さなかった。

いささか気になったが、これ幸いとばかりに千尋は表へと出た。

 「わあ・・・」

屋敷を囲む草原に出ると、一人千尋は空を仰ぎ、感嘆の溜息を漏らした。

この世界の夜は、千尋にとって恐怖でしかなかったが、それすら忘れさせるほどの光景であった。

月の光にその濃さを溶かされたかのように夜の闇は薄く、水墨画のような世界が眼前にあった。

 まるで、この世のものではないかのような白々しい世界。

そう、ここは千尋の知る世界ではない恐ろしい異世界だ。

 出来ることなら、一刻も早く逃げ出したい。

 母と父に会いたい。

 元の世界に帰りたい。



 けれども。



 月から視線を外し、千尋はその場にうずくまった。組んだ膝に頬を埋めて、ゆっくりと溜めた息を吐き出す。

もう、それだけではいられない。

あの青年に対する自分の思いが、恐怖や嫌悪だけではない事を知ってしまった。

 いや・・・。

それを凌駕する感情が、自分の中に確実に育っており、それを刈り取ることは最早出来そうも無い。

 知らなければ良かった。

 何も知らなければ、良かった。

吐息に感傷が混じり、切なさとやるせなさで胸が詰まる。息が、苦しい。

この世界の空気に混じる彼の哀しみで肺の中が満たされて、千尋を侵してゆくようだった。

絶望に似た感情の名前を、口にすることは出来ない。叶わぬ夢を語るようなものだ。

いつしか涙が零れ、頬を伝う。

声を上げずに、千尋は静かに肩を震わせ続けた。

 「何を泣く?」

幾筋かの涙の跡が頬に出来た頃、低い囁きが耳をかすめた。顔を上げると、ごく間近に端整な顔立ちがある。

 「なんでも、ない」

気遣わしげな翡翠の双眸から眼を背け、千尋は呟く。

しかし、青年は震える小さな肩へと手を伸ばすと、そのまま己が胸へと抱き寄せて瞳を覗き込む。

「そなたの涙を見て、私が正気でいられると思うのか?」

そんな風に泣くのであれば、まだ怒っている方が良い、と辛そうに眉根が寄せられる。

「ずっと私を泣かせてきたくせに・・・良く言うわね」

苦笑まじりの口調には、言葉ほどの棘がない。それが一層青年を焦らせ、抱きしめる腕に力を込める。

「そうだ。だから私以外のことで泣くな」

 愛しい。

 憎い。

 愛しい、愛しい、愛しい。

体の触れあった部分から、叫びのような感情が伝わってくる。

なんと傲慢で、勝手で、そして不器用な人なのだろう。己のこと以外ではすばらしく器用なくせに。

その器用さそのままに、もっと上手く騙して、欺いてくれればどれだけいいであろう。

そんな風に彼を思えれば、この腕を振り払えるのに。

 けれどももう、知ってしまった。

彼の中の哀しみや寂しさの大半が、自分に起因することを。

知らない振りは、もう出来ない。

覚悟を決めなければ、己の未来を決めなければ、いけないのだ。

 そっと、千尋は青年の背へ腕を回した。

びくっと大きく身を震わせ、青年は弾かれたように抱いていた体を離すと、信じられないものを見るかのような表情を浮かべて、千尋を凝視する。まるで、何かを見定めるかのような。

眼差しが重なると、千尋は頷いて微笑んで見せた。

「千、尋?」

恐れと不安とが入り混じった問いに、また、頷く。

 言葉は要らなかった。

ただ眼差しに、己の思いを込めて見詰め合えばいい。

伸ばした腕で、互いを抱きしめあえばいい。

落ちてくる唇を受けながら、瞳を閉じる。

言葉は、要らなかった。

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by mak1756 | 2012-09-17 00:13 | ハクセン

花嫁 13

「貴方を、知ってる」

そう告げると、青年の纏う空気が明らかにかわり、千尋は肌でそれを感じ取った。

それはそのまま、千尋の言葉の与えた衝撃を物語っていた。

「・・・なにを」

喉の奥から搾り出したような掠れた声は、期待と不安が織り交ぜられて、震えていた。

 にわかに空気が緊張し、張り詰める。

青年の様子のあからさまな変化に少し驚いて、千尋は恐る恐る口を開いた。

「まだ、私が小さかった頃に、会ったことがあるでしょう?」

「・・・・・それで?」

千尋の言葉を否定も肯定もせず、青年の瞳は何かを探るかのように眇められる。

「そこで、私たち、何かを・・・ああ、約束したんだわ」

「・・・・・何を?」

促す言葉は低く、こちらを見つめる瞳は、答えを求めて今にも狂わんばかりの光が迸る。

 吸い込まれそう。

眩暈を覚える。

 「私、あなたと・・・」

すぐそこに、答はあるのに、掴み取ることが出来ない。

もどかしさに、千尋は目をぎゅっと瞑る。

その様子から悟ったのか、青年はいつもの冷たい無表情を再び纏うと、千尋の腕を掴んで立ち上がった。

「い、た!」

抗議の声をあげたが、彼はまるで聞こえていないかのように、力任せに千尋を引きずっていく。

「いたい、痛いってば!放して!」

暴れる千尋に業を煮やしたのか、青年は乱暴に腕を引くとそのまま抱き上げた。

「目を離すと、川に落ちるのであろう?大人しくおし」

「!」

冷ややかに見下ろされて、千尋は口ごもった。

これ以上暴れても、無駄だ。

千尋は諦めて大人しく彼に身を任せた。目を閉じると、青年の心音がかすかに聞こえる。

少し早めのそれは、川のせせらぎに混じって、千尋のささくれた気持ちを宥めてゆく。

 このひと、生きているのね。

当たり前のことをふと思い、そっと表情を伺う。

途端、冷たい視線とぶつかって、千尋はあわてて下を向いた。

 笑ってくれたら、いいのに。

そうしたら、もっと、近づけるのに。

そうしたら、もっとあなたのことが、分かるのに。

恐怖以外の感情が自分の中に育ち始めていることを、千尋は認めざるを得なかった。











 そして、奇妙な共同生活が、始まった。

あれ以来、青年は千尋に無理を強いることはしなかった。

最初の激しさが嘘のように青年は物静かで、口数が少ない。

が、彼の中でいまだ情欲が衰えていないことを、時折注がれる視線が物語る。

 あきらかに千尋を欲する視線。

それに目を背けて、千尋は青年と会話することに努めた。思い出すには、青年を知ることが必要だと思った。

千尋とて、もどかしい思いを抱えたまま日々を過ごすのは、もう嫌だったのだ。

 「ねえ、あなたの好きなものって何?」

「・・・・・」

背中越しに問うたが、無視された。が、気にせずそのまま千尋は話を続ける。

「私はね、うーん、甘いものが好きなの。あなたは駄目そうね」

「・・・・・」

「何が好き?私料理得意だから作るわよ!」

冷たくあしらってもめげずに話しかけてくる千尋を、青年もいつしか無視できなくなっていた。

その笑顔は、青年が心から欲していたものだから。

 千尋が与える温もりが、青年の孤独を癒してゆく。

表情の無かったその面にも、時折微笑が浮かぶようになり、その美しさに、千尋は見とれてしまうこともしばしばだった。

 「・・・・・・千尋?」

我に返り、赤面する。

笑ってくれたらいいと望んでいたのに、なんだか不意打ちにあったような気分だ。

「千尋?具合でも悪いのか」

黙り込んだ様子を心配したのだろう、青年の眉がわずかにひそめられたのを見て、千尋は慌てて取り繕う。

「ち、違うの。その・・・気にしないで!」

笑って誤魔化したが、果たしてうまくいっただろうか。青年はまだ怪訝そうにしていたが、やがて諦めたのだろう。

再び手元の書物へと目を落とした。

 ほっとして千尋は周りを見渡す。

押しかけた青年の部屋(狭霧に無理やり案内させた)には、あちこちに無造作に積まれた書物があり、それらすべてに、しおりがいくつか飛び出す形で挟み込まれている。察するに付箋のようなものなのだろう。

 ということは。

「これ、全部読んだの?」

「ああ」

こともなげに青年は頷いたが、千尋はたいそう驚いた。

とても尋常な数のものではないし、そのそれぞれがそれなりの厚みを持っているのだ。

ためしに一冊ぱらりとめくってみたものの、難しそうな内容に、すぐに読むことを放棄した。

 「これは、何の本なの?」

「それは・・・・・・魔法の本」

いささか躊躇って青年は答えた。しかし千尋は気づかず、書物をしげしげと眺めている。

「まほう?ってあの、魔法?」

「そなたが言う魔法がどの魔法なのかは知らぬが、それは移動魔法の本だ」

 いどうまほう。

千尋が鸚鵡返しに言うと、青年は書物を閉じ、すい、と腕を動かして見せた。

すると、千尋の視線の先にある水差しがひとりでに動いて、静かに青年の手元へと納まる。

「うそ!すごい!」

「これぐらいは、誰でも出来るようになる」

「私にも出来る?」

目を輝かせて尋ねる。軽い気持ちだった。だが。

「魔法など・・・・・・知らぬほうが良い」

青年の瞳が翳った。

まるで深い海の底のような、闇が宿る。

「・・・・・・どうして?」

青年は答えず、ただ静かに微笑した。

それはあまりにも美しくて哀しくて、見るものの胸を締め付ける。





 アア、ドウシテマダソンナワライカタヲスルノ?

 



 「千尋?」

突然泣き出した千尋の様子に、青年の声に焦りが混じる。

「ごめんなさい、ごめん・・・・ごめんなさい・・・・」

ただ謝り続ける千尋に困惑しながら、青年はそっとその背中に手を回した。

「ごめんね、ごめん・・・」

添えられた手のひらは暖かく、千尋はまた涙を零す。

涙が零れるたびに、項が痛み、そして消えてゆく。

それは近く訪れる「時」の来訪を告げるものだった。

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by mak1756 | 2012-09-17 00:12 | ハクセン

花嫁 12

腕の中で大人しくなった千尋を不思議そうに見、青年は川へと視線を移した。

かつて運命の同胞であった、今は亡き青年の半身。

記憶のなかで揺らめくその美しい姿を思い出すたびに、青年の中に苦い思いが沸き起こる。

人間は憎い。

川を亡くしたときに味わった、孤独と屈辱と哀しみは、筆舌に尽くし難い。

けれども全てを滅ぼすほどには憎みきれぬ。

愚かだとそしられる竜の性を、青年は認めざるをえなかった。

 どうして、この娘でなくてはいけないのか。

どうしてこんなにも執着するのか・・・何度この問いを繰り返しただろう。

思えばあの契約を交わしたとき、己の心もまた約定に縛られたのやも知れぬ。

 否。

きっと囚われたのは自分の方なのだ。

この、竜である自分が。

そう思っても不思議に嫌悪は感じなかった。



 







 髪を梳く指先の優しさに、千尋は己の強張った心が徐々に溶け出してゆくのが分かった。

本当は優しい人なのだろうと。

きっと何かが彼を狂わせ、あのような所業に走らせたのだろう。

 ・・・・・・寂しいのかもしれない。

そっと青年の表情を伺い、千尋は瞳を伏せる。

あの広い屋敷には全くと言っていいほど、人の気配が感じられなかった。

しかし沢山ある部屋はどれも見事に整えられ、塵一つ落ちていない。もしかしたら、千尋には見えないだけなのかも知れぬ。

だが、青年を慰めるような優しい気配は、あの屋敷の何処にも感じられなかったのだ。

 寂しさが人を殺すこともある、と。

いつか聞いたことがある。

青年の瞳に深く根付いた昏い色はその現れなのかもしれない。そう思い、千尋は口を開いた。

「あなた、寂しいの?」

ぴくり、と髪を梳く手が止まる。

「ずっと、独りなの?」

「・・・・・・だったら、どうだというのだ」

微かな苛立ちを混ぜた返答に千尋は反射的に身体を強張らせる。

「昔も今も、私は独りだ。これからは・・・・・知らぬ」

それきり、青年は口を閉ざしてしまった。

問いかける隙を千尋に与えず、ただ川のせせらぎだけが、二人を包む。

「・・・・・・ねえ、私ね」

躊躇うように口を開いた千尋に、青年は相変わらず無表情で見下ろす。

思わず怯みそうになったが勇気を出して言葉を継ぐ。

「一つだけ、思い出したことがあるの」

青年の瞳に僅かだが動揺の色が走った。もっともそれは一瞬のことで、すぐに深い無の色に掻き消されてしまったが。

「私、貴方に遭ったことがあるわ」

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by mak1756 | 2012-09-17 00:11 | ハクセン

花嫁 11

初めてみる外の風景は千尋の知っている世界のものとさほど変わりがなく、正直拍子抜けした。

淡い太陽の下に広がる一面の緑と、遠くまで伸びる丘の稜線。

「見たことがある・・・?」

私は、この空気を知っている。私が覚えていなくても、私の身体が覚えている。

「ああ・・・」

分かりかけているのに。

もどかしさにも似た苛立ちが沸き起こり、千尋は乱暴に足元の草を蹴りつけた。

が、その程度でこの思いが収まるはずもなく、いきなり着物の裾をまくりあげると、千尋はがむしゃらに丘へと向かって駆け出した。

 はぁ、はぁ。

だんだん荒くなる息と共に、胸が苦しくなってくる。

何でこんなことをしているのか、理由なんてなかった。

ただただ悔しくて、悔しくて、力いっぱいに走りつづける。

丘の上まで駆け上がると力尽き、千尋はその場にばったりと倒れこんだ。

 「あー!!疲れたー!!」

思い切り叫んでそのまま目を閉じる。

折角綺麗に着付けしてもらったのに台無しになってしまった。

髪も大層崩れただろうと思ったが気にならなかった。

爽やかな疲労感が心地よく、こうして身体を動かすことの心地よさを忘れていた気がする。

特有の気だるさにまどろみ始めたとき、かすかな水音が耳に忍び入り、千尋は身を起こした。

 「川?」

丘の向こうから聞こえる、水の流れる音。

立ち上がると、千尋は丘から下を見下ろした。

「川だ」

丘だと思った場所の先は切り立ったような崖になっていた。

さほど高さはないものの、落ちれば無傷ですまないだろう。

目の前に開ける川は大きなものには見えないが、向こう岸まで歩いて渡るのは難儀だ。

「ここを渡るのはさすがに無理だね」

嘆息して千尋はぼんやりと川面を見つめた。

穏やかな流れを湛えた水面に、太陽の光が跳ね返されきらきらと輝く。

「きれーい・・・」

眩しくて思わず目を細め、より川へと身を乗り出そうとしたときだった。

 「気をつけないとまた落ちるよ」

突然降ってきた声にびっくりして思わず振り向き、その途端にバランスを崩す。

「あ」

傾いだ身体を伸びてきた腕に引き寄せられ、千尋はなんとか落下の難を逃れた。

「言った側から・・・」

呆れを含んだ声に唇を尖らせたが、しかし声の主の正体がわかると思わず身を強張らせた。

その様子に気付き、声の主は僅かに苦笑を見せる。

「随分と嫌われたものだね」

あの、青年だった。

「当り前だわ・・・」

声を震わせながらも、千尋はこの青年を決して嫌いになれないだろうと思った。

無理矢理に強いられた交わりは決して許せるものではない。

けれど時折見せる青年の悲しげな表情が、眼差しが、千尋を惑わせる。





ひどいひとなのに。

あんなに酷いことをされたのに。





私はこのひとが・・・。

このひとのことが・・・。





きっと・・・。
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by mak1756 | 2012-09-17 00:10 | ハクセン

花嫁 10

 忘れている。

私はきっと大切なことを忘れている。

胸の奥が、哀しくて淋しくて、悲鳴を上げているのに。

それでも。

思い出してはいけないと何かが囁く。

戻れなくなるよ、と。

思い出したら・・・掴まってしまうよ、と。















 目覚めても千尋の見知った天井ではなかった。

「やっぱり、夢じゃないんだ」

失望の溜息が千尋の口から漏れる。

何時の間にか青年は姿を消していた。ほっとする反面、寂しさを感じる己の感情は自分でも理解できず、戸惑いを千尋にもたらす。

あれから、一体どれほどの時間が経ったのだろう。時間の感覚というものがこの世界には欠落していて、千尋には今が昼なのか夜なのかさえわからなかった。

 もう、戻れないのだろうか。もう二度と。

あの時。

どうして振り返ってしまったのだろうか。

「振り返ってはいけないよ」そう言われていたのに。

「そう言えば・・・」

そう言ったのは一体誰だったのだろうか。

呼ばれても、振り返ってはいけないよ。

滑らかな絹のようにしっとりと響く声。あの楽しげに囁く声はむしろ反対の言葉を紡いでいた気がする。





ワタシガヨンダラ、フリカエッテゴラン。





振り返った先にいたのは、

「鬼・・・?」

しかし鬼というには悲しすぎる瞳。

 「あんた、カミにまみえたね?」

あのときの老婆の声は明らかに嫌悪の響きを帯びていて、訳がわからず幼い千尋は怯えたものだ。

神と言うものは尊くて有難い存在なのではないのだろうか。一体どうしてあの老婆はあんなにも千尋を嫌悪したのだろうか。まるで鬼でも見るように千尋を嫌悪し、そして怯えていた。

神と、鬼。

神・・・カミ・・・。

「そう、そなたは賢いね。鬼もまた・・・」

「鬼もまた、カミなのさ」
ふと、また記憶の温床から言葉が蘇る。

これはいつの記憶なのだろうか。あの、少年の言葉だっただろうか。

優しく諭すような声は、夢の中の少年の声と同じでありながら違った響きを持って千尋に囁きかける。

異形の化け物が目の前を通る。

湯気の中に消えていく化け物たち。鬼の群れ。しかしそれもまたカミなのだと彼は教えてくれて・・・。

 「くっ」

首筋が痛み出した。それでも千尋は考えることをやめようとしない。

鮮やかに笑う少年。そして私を欲して涙を流す青年。
少年と青年は、同一人物に違いない。

私は何を忘れたのだろう。どうして彼を忘れたのだろう。

「花嫁」

そう私を呼ぶ彼の言葉こそがきっと、鍵。私と彼の関係がわかれば、きっと。

「いたっ」

耐え切れぬほどの痛みが思考を停止させた。思わず手を首へとやる。

警告のようにいつも記憶を遮るこの痛みは一体何なのだろう。

考えても答が出ることはない。

天井を仰いで千尋は大きく息を吐き、ぼんやりと格子戸越しの空を見た。

浅葱色の空に薄く雲がたなびき、風は柔らかな暖かさをもって千尋を誘っている。

「外に出たいな」

「ならばすぐに用意いたします」

無意識の呟きに応じる声に身を竦ませたが、すぐにその正体がわかり千尋はほっと胸を撫で下ろす。

「あの、いるんだったらいる、て言って頂けませんか・・・?」

「我らは主の用がある時にのみ参上仕るものですゆえ」

あっさりと返答し、狭霧は千尋の支度を手伝い始める。

桜色の小袖は千尋に誂えたように彼女に映えた。空と同じ浅葱色の帯を締め、髪を結い上げてもらうと、いくらか気分が華やいだものになる。

「いってらっしゃいませ」

恭しい狭霧の声に見送られて、千尋は数日振りに屋敷の外へと出た。

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by mak1756 | 2012-09-17 00:09 | ハクセン


日々思うことをつらつらと。


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