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ぬかるみの下 8

 風が生ぬるく千尋の頬を撫でた。じっとりと冷汗が背を流れ、千尋の動きを鈍くする。

いつも通り。いつも通りに買い物に出たのだ。

言いつけどおりの店を回り、品物を購入し、油屋へと帰る。

ハクには外出を控えよ、ときつく言いつけられていたが、人手が無いと知って知らぬ顔が出来る千尋ではない。

 ハクには黙っておけば大丈夫。だってよく知り尽くした道だ。

店の人も通りがかる人々も全て顔見知り。

何かあっても助けてくれるだろうし、すぐに油屋へと知らせが入るだろう。

そう思うのに、悪寒が拭いきれないのは何故なのか。

 丁度人が切れた通りの裏側に差し掛かった時だった。

「苦しい・・・」

喉を押さえて千尋は眉をしかめる。大気がその温度を増したように、息をすることが苦しくなる。

 熱い。

息をするたびに喉がひりひりとする。

季節などないはずの油屋の結界内で、熱さを感じるなんて変だと千尋は思ったがどうにもならない。

「はぁっ・・・」

けだるい吐息を一つ吐くと、とうとう千尋は地面に膝を突いた。途端、ばらばらと買ったものが地面に転がってゆくが、苦しくて身体を支えることが出来ない。荒い吐息が千尋の口から忙しなく繰り返される。

 ざり、と砂利を踏む音に気付いて千尋は顔を上げた。

「あ・・・なた、ふじや・・さん?」

千尋の目の前に佇んでいたのはあのときの女・・・・藤也だった。あのときと同じように婀娜に着こなした鮮やかな紫の着物、そして白いパラソル。

「苦しいかい?」

くっ、と藤也の唇の端が上がった。くるり、と白いパラソルが千尋の視界で回る。

「焼け付くようだろ?まるで火の中にいるようだろ?」

そう藤也が笑うと、一層空気の温度が上がった・・・少なくとも千尋はそう感じた。

「か・・・はっ・・・」

喉を押さえて、千尋はそのまま地面に突っ伏した。火の中にいるように、焼け付くように痛む喉。

・・・火事のときに、喉を火傷するって言うけど・・・こんな感じなのかしら。

朦朧とする意識の下で、ふと思い出し、咳き込む。

「苦しかろう・・・?でもねえ、アタシの苦しみに比べりゃあ、そんなもの、天国のようなもんさあ」

続く女の嘲笑。

「なん・・・で・・・?」

「何で?そりゃあ、あの白竜に聞くんだねえ」

 再び会えたら、の話だけど。

そのまま言葉もなく崩れ落ちた千尋を見下ろして、またくるり、とパラソルが弧を描く。

「さあて。あの人、どんな顔すると思う?炎?」

振り返って、何時の間にか現れた偉丈夫を見上げた。その黒い瞳はちら、と千尋を見ただけでそれ以上は興味がないとばかりに閉じられる。身を屈め、千尋の身体を片腕で抱きかかえると炎は諭すような口調で言った。

「コハクヌシが来る前に引くぞ。幾らなんでもここでやりあうのは厄介だ」

「わかってるよ!!あー、面白くない男だねえ!アンタってこれだから嫌なのよ!」

素っ気無い言葉に癇癪を起こし、藤也はそのまま炎の腕に己のそれを絡めて身体を密着させる。

次の瞬間、三人の姿は跡形も無く消えていた。

by mak1756 | 2012-09-29 21:17 | ハクセン2


日々思うことをつらつらと。


by mak1756

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