ぬかるみの下 5

ううっ・・・。

う・・・うぅ。

―――泣き声?

どうして、来てくれないんだよ。

どうして・・・ハク・・・。

―――誰?どうして・・・泣いているの?





 目を覚ますと、片時も自分を離さなかったぬくもりは既に無かった。

おそらくもう帳場へと向かっているのだろう。誰よりも早く起きて仕事をしている、彼。

「起こしてって、言ってるのに」

むう、と今はいない存在に唇を尖らせた。

それにしてもまだ身体が重い。少し動くと鈍い腰の痛みに襲われる。

滅多ではないが、一度身体を重ねると竜の青年は執拗で、巧みで、何度も何度も千尋を求める。

一体、一晩で何度昇りつめたのだろう。何時の間にか気を失っていた。



「何をしてほしい?」

「私は、もっと乱れたそなたが・・・見たい」



憎らしいほど冷静な声を思い出し、千尋は身体の芯が熱くなって己をだきしめる。

竜は執着の強い生き物だという。

それを自分が思い知ることになるとは十のあの頃には思いもしなかった。

ふう、と年の頃に似合わぬ溜息をついて、そっと己の身体に散った昨夜の名残に触れた。

 結局、何も訊けなかった。

何度も「アイシテイル」を繰り返す彼はまるで千尋の問いを封じるかのようで。

ハクはいつも何も言ってくれない。

聞いてもただ曖昧に微笑んで、抱きしめるだけ。彼に抱かれているときは何も考えられないのだ。与えられる悦びに素直に震えてしまう。



―――要らぬ心配をせずともよいよ・・・私はそなただけのものなのだから。



そう言われると、千尋は何も聞けない。

もっとハクのことを知りたくても、ある一定のラインまで。それ以上のことは決して教えてくれない。

複雑な思いを抱え、布団に残った青年の残り香に包まれて、再び千尋は目を閉じた。

湯屋の朝が動き出すには、まだ時間があった。





 油屋の開店前。ハクは最高経営者である湯婆婆の前にいた。

「ここんところ、悪くは無いが、ぱっとしないねえ・」

と帳簿をみながら煙草の煙を吐き出して、湯婆婆はまるで独り言のようにハクに問うた。

聡く気付き、ハクは自身の見解を述べる。

「そうですね。お客様には満足して頂いているようなのですが・・・「街」のほうで新しい宿が出来たようなのです」

「宿だって?」

勿論、ただの宿泊施設などではない。油屋のように春を売る宿だ。

「そんなものが出来たとは、あたしは聞いちゃいないがねぇ?」

「密かに口こみで・・・だからこそ客が集うのでしょう。私もついぞ気付きませんでした」

藤也に会ったことでハクは確信を得たのだ。

あの「ぬかるみの町」から出てくるとは、正直驚いたが。

「近いうちに様子を探ってまいります」

「ああ、そうしとくれ。事と次第によっては・・・」

潰しておしまい。

魔女の目に映る酷薄な光をハクは事も無げに受け止めて、頭を下げる。

言われずともそうするつもりだったのだ。 



拭いきれぬ過去は、消し去ってしまえば、いい。



閉じた瞼の裏に映る少女の笑顔を得る為ならば自分は何も厭わない。

・・・それがたとえ罪だとしても。

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by mak1756 | 2012-09-28 01:55 | ハクセン2


日々思うことをつらつらと。


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