花嫁 13

「貴方を、知ってる」

そう告げると、青年の纏う空気が明らかにかわり、千尋は肌でそれを感じ取った。

それはそのまま、千尋の言葉の与えた衝撃を物語っていた。

「・・・なにを」

喉の奥から搾り出したような掠れた声は、期待と不安が織り交ぜられて、震えていた。

 にわかに空気が緊張し、張り詰める。

青年の様子のあからさまな変化に少し驚いて、千尋は恐る恐る口を開いた。

「まだ、私が小さかった頃に、会ったことがあるでしょう?」

「・・・・・それで?」

千尋の言葉を否定も肯定もせず、青年の瞳は何かを探るかのように眇められる。

「そこで、私たち、何かを・・・ああ、約束したんだわ」

「・・・・・何を?」

促す言葉は低く、こちらを見つめる瞳は、答えを求めて今にも狂わんばかりの光が迸る。

 吸い込まれそう。

眩暈を覚える。

 「私、あなたと・・・」

すぐそこに、答はあるのに、掴み取ることが出来ない。

もどかしさに、千尋は目をぎゅっと瞑る。

その様子から悟ったのか、青年はいつもの冷たい無表情を再び纏うと、千尋の腕を掴んで立ち上がった。

「い、た!」

抗議の声をあげたが、彼はまるで聞こえていないかのように、力任せに千尋を引きずっていく。

「いたい、痛いってば!放して!」

暴れる千尋に業を煮やしたのか、青年は乱暴に腕を引くとそのまま抱き上げた。

「目を離すと、川に落ちるのであろう?大人しくおし」

「!」

冷ややかに見下ろされて、千尋は口ごもった。

これ以上暴れても、無駄だ。

千尋は諦めて大人しく彼に身を任せた。目を閉じると、青年の心音がかすかに聞こえる。

少し早めのそれは、川のせせらぎに混じって、千尋のささくれた気持ちを宥めてゆく。

 このひと、生きているのね。

当たり前のことをふと思い、そっと表情を伺う。

途端、冷たい視線とぶつかって、千尋はあわてて下を向いた。

 笑ってくれたら、いいのに。

そうしたら、もっと、近づけるのに。

そうしたら、もっとあなたのことが、分かるのに。

恐怖以外の感情が自分の中に育ち始めていることを、千尋は認めざるを得なかった。











 そして、奇妙な共同生活が、始まった。

あれ以来、青年は千尋に無理を強いることはしなかった。

最初の激しさが嘘のように青年は物静かで、口数が少ない。

が、彼の中でいまだ情欲が衰えていないことを、時折注がれる視線が物語る。

 あきらかに千尋を欲する視線。

それに目を背けて、千尋は青年と会話することに努めた。思い出すには、青年を知ることが必要だと思った。

千尋とて、もどかしい思いを抱えたまま日々を過ごすのは、もう嫌だったのだ。

 「ねえ、あなたの好きなものって何?」

「・・・・・」

背中越しに問うたが、無視された。が、気にせずそのまま千尋は話を続ける。

「私はね、うーん、甘いものが好きなの。あなたは駄目そうね」

「・・・・・」

「何が好き?私料理得意だから作るわよ!」

冷たくあしらってもめげずに話しかけてくる千尋を、青年もいつしか無視できなくなっていた。

その笑顔は、青年が心から欲していたものだから。

 千尋が与える温もりが、青年の孤独を癒してゆく。

表情の無かったその面にも、時折微笑が浮かぶようになり、その美しさに、千尋は見とれてしまうこともしばしばだった。

 「・・・・・・千尋?」

我に返り、赤面する。

笑ってくれたらいいと望んでいたのに、なんだか不意打ちにあったような気分だ。

「千尋?具合でも悪いのか」

黙り込んだ様子を心配したのだろう、青年の眉がわずかにひそめられたのを見て、千尋は慌てて取り繕う。

「ち、違うの。その・・・気にしないで!」

笑って誤魔化したが、果たしてうまくいっただろうか。青年はまだ怪訝そうにしていたが、やがて諦めたのだろう。

再び手元の書物へと目を落とした。

 ほっとして千尋は周りを見渡す。

押しかけた青年の部屋(狭霧に無理やり案内させた)には、あちこちに無造作に積まれた書物があり、それらすべてに、しおりがいくつか飛び出す形で挟み込まれている。察するに付箋のようなものなのだろう。

 ということは。

「これ、全部読んだの?」

「ああ」

こともなげに青年は頷いたが、千尋はたいそう驚いた。

とても尋常な数のものではないし、そのそれぞれがそれなりの厚みを持っているのだ。

ためしに一冊ぱらりとめくってみたものの、難しそうな内容に、すぐに読むことを放棄した。

 「これは、何の本なの?」

「それは・・・・・・魔法の本」

いささか躊躇って青年は答えた。しかし千尋は気づかず、書物をしげしげと眺めている。

「まほう?ってあの、魔法?」

「そなたが言う魔法がどの魔法なのかは知らぬが、それは移動魔法の本だ」

 いどうまほう。

千尋が鸚鵡返しに言うと、青年は書物を閉じ、すい、と腕を動かして見せた。

すると、千尋の視線の先にある水差しがひとりでに動いて、静かに青年の手元へと納まる。

「うそ!すごい!」

「これぐらいは、誰でも出来るようになる」

「私にも出来る?」

目を輝かせて尋ねる。軽い気持ちだった。だが。

「魔法など・・・・・・知らぬほうが良い」

青年の瞳が翳った。

まるで深い海の底のような、闇が宿る。

「・・・・・・どうして?」

青年は答えず、ただ静かに微笑した。

それはあまりにも美しくて哀しくて、見るものの胸を締め付ける。





 アア、ドウシテマダソンナワライカタヲスルノ?

 



 「千尋?」

突然泣き出した千尋の様子に、青年の声に焦りが混じる。

「ごめんなさい、ごめん・・・・ごめんなさい・・・・」

ただ謝り続ける千尋に困惑しながら、青年はそっとその背中に手を回した。

「ごめんね、ごめん・・・」

添えられた手のひらは暖かく、千尋はまた涙を零す。

涙が零れるたびに、項が痛み、そして消えてゆく。

それは近く訪れる「時」の来訪を告げるものだった。

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by mak1756 | 2012-09-17 00:12 | ハクセン


日々思うことをつらつらと。


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