花嫁 12

腕の中で大人しくなった千尋を不思議そうに見、青年は川へと視線を移した。

かつて運命の同胞であった、今は亡き青年の半身。

記憶のなかで揺らめくその美しい姿を思い出すたびに、青年の中に苦い思いが沸き起こる。

人間は憎い。

川を亡くしたときに味わった、孤独と屈辱と哀しみは、筆舌に尽くし難い。

けれども全てを滅ぼすほどには憎みきれぬ。

愚かだとそしられる竜の性を、青年は認めざるをえなかった。

 どうして、この娘でなくてはいけないのか。

どうしてこんなにも執着するのか・・・何度この問いを繰り返しただろう。

思えばあの契約を交わしたとき、己の心もまた約定に縛られたのやも知れぬ。

 否。

きっと囚われたのは自分の方なのだ。

この、竜である自分が。

そう思っても不思議に嫌悪は感じなかった。



 







 髪を梳く指先の優しさに、千尋は己の強張った心が徐々に溶け出してゆくのが分かった。

本当は優しい人なのだろうと。

きっと何かが彼を狂わせ、あのような所業に走らせたのだろう。

 ・・・・・・寂しいのかもしれない。

そっと青年の表情を伺い、千尋は瞳を伏せる。

あの広い屋敷には全くと言っていいほど、人の気配が感じられなかった。

しかし沢山ある部屋はどれも見事に整えられ、塵一つ落ちていない。もしかしたら、千尋には見えないだけなのかも知れぬ。

だが、青年を慰めるような優しい気配は、あの屋敷の何処にも感じられなかったのだ。

 寂しさが人を殺すこともある、と。

いつか聞いたことがある。

青年の瞳に深く根付いた昏い色はその現れなのかもしれない。そう思い、千尋は口を開いた。

「あなた、寂しいの?」

ぴくり、と髪を梳く手が止まる。

「ずっと、独りなの?」

「・・・・・・だったら、どうだというのだ」

微かな苛立ちを混ぜた返答に千尋は反射的に身体を強張らせる。

「昔も今も、私は独りだ。これからは・・・・・知らぬ」

それきり、青年は口を閉ざしてしまった。

問いかける隙を千尋に与えず、ただ川のせせらぎだけが、二人を包む。

「・・・・・・ねえ、私ね」

躊躇うように口を開いた千尋に、青年は相変わらず無表情で見下ろす。

思わず怯みそうになったが勇気を出して言葉を継ぐ。

「一つだけ、思い出したことがあるの」

青年の瞳に僅かだが動揺の色が走った。もっともそれは一瞬のことで、すぐに深い無の色に掻き消されてしまったが。

「私、貴方に遭ったことがあるわ」

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by mak1756 | 2012-09-17 00:11 | ハクセン


日々思うことをつらつらと。


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