花嫁 8

 ―――封じられた記憶。もしくは意図的に隠された過去。そして、契約への経緯―――









 ごほごほと、咳き込む小さな背中をさすりながら、少年の姿した竜神は幼子の顔を覗き込んだ。

いまだに荒く上下する肩が、この小さな少女の状態を物語っていた。人とは傲慢なくせに、なんと頼りなく弱弱しい生き物だろう、と改めて思う。

やがて少女の息が落ち着いたのを見計らって、竜神は出来るだけ優しい声音で尋ねた。

「無事か?痛いところは?」

「ないです。おにいちゃんが助けてくれたから」

にこり、と弱弱しい微笑を見せた少女に竜神は憮然とした表情を浮かべた。

 きまぐれであった。

その魂の輝きに惹かれ、孤独を癒す慰みに引き込んだ幼子は、本来の己の姿におののくことなくこちらを見て笑ったのだ。

水の中で揺らめくその笑顔を、もう一度見たいと思ったから。

だから、助けた。

息のあるまま傍に置こうと思って、助けた。しかし何も知らぬ幼子は覚えたての礼の言葉を繰り返す。

「もう礼は言わずとも良い。好きなように遊ぶがよいよ」

たまらず言葉を遮り、掌に鞠を出して幼子に渡した。

「そなた、名は?」

「ちひろ。お母さんはちいちゃんって言います」

もっと話がしたかったが幼子の意識は今しがた手に入れた鞠に集中しているようだ。早く遊びたくてうずうずしているのが見て取れる。

「いっしょに遊んでほしいか?」

「うん!」

満面の笑顔に、竜神の顔も自然ほころんだ。





 うちに帰りたい、と。

一時遊んだ後、少女は少年にそう訴えた。

つぶらな瞳が寂しげに、川の向こうを見つめている。





 イヤダ。

テバナシタクナイ。ソノイノチハワレノモノゾ。





 肩に回した指に力を込めようとして、ふと竜神は気付き目を見張った。

彼を信じ、疑うことのない邪気の無い瞳。

その真っ直ぐな視線が、竜神の内にある荒々しい感情を打ちのめす。

二つの瞳に映る自分の姿の醜さに、竜神はたまらず顔をそむけた。

「許せ。願いを叶えるには代償が必要なのだ。その願いに見合った代償が・・・」

言い訳めいた言葉は、しかし真実でもあった。

無償で叶えられる願いはささやかなもの。それは古来より変わらぬ決まり。

黙り込んだ竜神に、更に少女は尋ねる。

「わたし、もう帰れないの?」





ソシタラオカアサント、オトウサンガナイチャウヨ。





 幼子の丸い瞳にみるみる涙が盛り上がり、零れ落ちる。その透明な雫を拭ってやりながら竜神は葛藤していた。

なんとかしてやりたい。しかし手放したくない。

二つの心がせめぎあい、彼を苦しめる。

 ふと、甘美な誘惑が、竜神の心をよぎった。

そうだ。あるではないか。幼子の願いを叶え、且つ己の望みも叶える方法が。

古き時代から伝わる、良い方法が、あるではないか。

 もともと、願いを叶えるには代償が必要なのだから。

そう、もともと。

「願いを叶えてあげるよ。ただし」

あでやかな笑みが、竜神に浮かぶ。その裏に狡猾な企みを隠して。

















 「私はそなたの願いを叶えたよ?千尋」

意識の無い柔らかな肢体を膝に抱き、その唇に己のそれを重ねる。白い指先を滑らかな肌に滑らせると、乙女は小さく身じろいだ。

「ん、んんっ」

息苦しさに喘いで、千尋は無意識に己の呼吸を確保しようと顔を背けたが、一向に息苦しさは減じない。

ついに耐えかねて、千尋は目を開けた。

「!」

「目が覚めた?」

眼前にある美しい翡翠の瞳に、千尋は思わず身を引いたが青年の腕がすばやくそれを阻んだ。

肌に触れる指は確かなもので、青年が現実にいる存在なのだと千尋に教える。

ああ、あれは夢などではなかったのだ。いや、覚めることのない悪夢なのかもしれない。

「私が花嫁って、どういうことなの?」

「そのままさ」

「だから!どうして私なのよ!」

「さあ、どうしてだろうね」

思い切って問うてみたが、しかし問いの答は相変わらず美しい微笑にはぐらかされる。

「そんなことはどうでもいいさ。そなたは私の花嫁。たとえそなたが思い出さなくてもそれは変わらぬよ。そう、そんなこと・・・考えられないように私を教えてあげよう」

一際強く翡翠の瞳が輝き、千尋を捕らえた。

肌に触れる指先の感触で、自分が気を失ったときと同じ・・・要するに裸であることに気付き、千尋の頬に朱が散る。なんとか青年の腕から逃れようと足掻いたが、所詮無駄なこと。力の差は歴然としている。

「いや、いやぁだあ!」

組み敷かれて、千尋は再び青年の成すがままに甘い鳴き声を上げる。

恐怖と快楽が波のように次々と千尋に襲い掛かる。

教えられる快楽は男を知らぬ千尋には強すぎて、時折意識さえ危うくなる程。ただ、それでも青年は執拗に千尋を貪り続けるのだ。己が満足するまで、心の飢えを満たす代わりのごとく深く深く。

「もう、やめてぇ・・・許してよぉ」

すすり泣きの混じった懇願に、薄く青年は笑って見せた。

その笑みはどこか自嘲的で、千尋は朦朧とする意識の下で疑問を感じたが、次いで与えられた一際強い衝撃に、思考は掻き消された。

「ああぁっ」

身体の奥に注ぎ込まれる熱い迸りを感じながら、耐え切れず千尋は意識を手放した。

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by mak1756 | 2012-09-17 00:07 | ハクセン


日々思うことをつらつらと。


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