花嫁 6

「願いには代償が必要だよ?」







夢をみる。

白い面の少年が、私を見下ろして囁くのだ。今度もまた、いやより一層愉しげに。

「ああ、振り返ってしまったんだね?」

そっと私の項に触れ、抱きしめる。

「代償を払うときがきたようだね・・・私の花嫁。もう、離しはしないよ?」

抱きしめる腕に力がこめられ、苦しくて私は悲鳴を上げる。









くすくす・・くすくす・・・。

笑いながら少年は消え、代わりに現れたのは・・・。









 「あんたカミにまみえたね?」

吐き捨てるような言葉。老婆の恐ろしい目がぎょろり、と動いて私を見る。

ああ、これは。

あのときの、十歳の夏の日だ。神隠しに遭った、というときの。

「なんで戻ってきた。カミに愛でられたものはもはや人ではない・・・帰れ!」

「あんたうちの娘に何言うんですか!!」

「カミの、はなよめ、じゃあ!」

「帰って!!あなたこそおかしいわよ!!」

響く父の怒声。母の罵声。老婆の、笑い声。









笑い声が・・・聞こえる・・・









くすくすくすくす

きたよ、きたよ。

花嫁御寮が・・・竜神の花嫁が・・・。

新床は整うたかえ?

くすくす・・・。










笑い声。耳障りな声。

やめて。笑わないで。

笑うのをやめて!!









 「やめ・・・ああっ」

突如襲った身体を切り裂かれるような痛みに、目の前が真っ赤に染まる。

笑い声は消え、痛みはどんどん私の中を侵し、奥へ奥へと突き進む。

痛い!痛いの、お願い、私の中から出て行って!!

「千尋。私の花嫁・・・」

圧倒的な力に押しつぶされ、私は悲鳴を上げる。

「千尋。千尋・・・」

誰?誰なの?

お願い、止めて。たすけて!!









千尋。

千尋・・・。

川のせせらぎのように、穏やかな呼ぶ声。





夢。

これは夢。

早く、早く目を覚まさなきゃ。





早く・・・早く・・・。









 目が覚めると、身体が鉛のように重かった。瞼を開けることも、指一本動かすのさえ、億劫。

嫌な夢を見た。内容は曖昧だけど、とても嫌な夢。

「やな、夢」

掠れた呟きが終わるか終わらぬか、というときだった。

「どんな夢をみたの?」

笑みを含んだ、低い艶のある声が問う。

「!」

起き上がろうとしたところを、凄い力で肩を押さえつけられ、千尋はうめいた。

「い・・・た!!」

「そなたが暴れるからだ」

見下ろす顔の秀麗さに一瞬目を奪われ、そして同時に先ほどの行為を思い出し、蒼ざめる。

引きつった千尋の表情で悟ったのか、青年はくすくすと邪気の無い笑顔を浮かべ・・・その笑い声に千尋の記憶がざわめき始めた。





―――私の名前は・・・ヌシ。覚えておいで、そなたは私のもの。私の・・・・。





 「昔・・・会ったこと、ある?」

ぴたりと、笑い声が止んだ。代わりに残されたのは恐ろしいほどに真剣な眼差し。

翡翠の双眸は逸らす事を許さじ、と千尋の瞳を覗き込む。

瞳と瞳が重なって一筋に結ばれた眼差しは、思いの奔流をそのまま千尋の中に注ぎ込む。

愛しさと切なさと哀しさと憎しみと。

青年の千尋への執着が、猛る川の流れのように流れ込み、荒々しく千尋の記憶を揺さぶりはじめる。

が。





・・・だめ!!

思い出しては、いけない。

思い出したら、帰れない。





 ずきり、と。

警告のようにまた項が痛みはじめた。

「本当は、分かっているのだろう?」

指先がうずく千尋の項の痣に触れる。

「あ!!」

「さあ、私の名前を言ってごらん?」

青年が触れたところ全てが記憶の覚醒を求めるかのように熱くなり、千尋を苦しめる。

「知らない。知らないわ、私を帰して!!」

拒絶の言葉に青年は双眸を細め、項を這わせていた指を千尋の細い首に絡ませ徐々に力を加えていく。

「そんなはずは無い。願いの代償を私はまだ受け取ってはいないよ。千尋、そなたは」

「・・・っ」

「私を助けにきただろう?私の名を呼んでくれたではないか」

更に指に力が加えられ、千尋は苦しさに目を瞑り、唇をわななかせた。

「わ、たしが、憎い、の?」

切れ切れの息の下の、細い声の問いかけに青年の指の力が抜けてゆき、そして。

 ぽたり。

千尋の頬に、暖かい水滴が落ちた。

恐る恐る目を開くと、青年が泣いていた。

「そう、私はそなたが憎くて憎くて・・・愛しい」

涙を隠すこともせずに、そのまま青年は千尋の傍らを離れ背を向けると、消えた。

 願いの代償?私の願いって、何なのだろうか。

錯綜する記憶に千尋は眩暈を覚える。

私は、私は。





―――千尋。私の花嫁。





同じ言葉を囁く少年と青年。

振り向いた後ろの正面は?

万華鏡のようにくるくると記憶がめぐる。

めまぐるしく変わるその中に答えを見つけ出せずに、千尋は再び混沌の中に意識を沈めた。

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by mak1756 | 2012-09-17 00:05 | ハクセン


日々思うことをつらつらと。


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